11
見慣れぬ場所で目が覚めた。
薄暗い室内にはぼんやりと灯りが点されている。
夜、だろうか?
「‥‥」
はなんだか異様な気配を感じた。
なんだろう。
背筋が寒くなると言うか‥‥吐き気がするほど重く、嫌な空気が漂っている。
ここは‥‥
「仙台城?」
「ご名答。」
独り言になるはずだった言葉に返ってくる声がある。
はやはり、と瞳を眇めて声がした方を振り返った。
今日藤堂から聞いた言葉、そして自分を襲ったのが羅刹である事から推察すれば簡単だった。
「‥‥山南さん‥‥」
闇からのそりと這い出るように現れた仲間の姿。
にっこりと穏やかだが不気味とも取れる笑みを浮かべる彼には構えるように姿勢を低く取る。
「ああ、逃げようなどとは考えない方がいいですよ。」
しかし、腰にあるはずの久遠が手元にはなかった。
見れば山南が手にしている。
武器を奪われていた。
当然といえば当然の対処だ。
だが――
「どういう‥‥つもりですか?」
は問いかけた。
「どういう、とは?」
「私を生かして連れてくる‥‥なんて、どういうつもりかと聞いているんです。」
犯人が彼である事は容易に分かったが‥‥何故自分がここに招待されたのかは分からない。
土方に知らせる危険性があるというのならばあの場で斬り殺してしまった方が良かったのに。
まさか自分を味方に引き込むつもり?
いやまさか‥‥
山南ならば知っているはずだ。
が『誰』に従うか、なんて。
それならばまさか‥‥
「‥‥」
血を、飲むためだろうか?
どこか飢えた男の目を見てそんな事を思う。
やはり血は新鮮な方がいいのだろうか?
だから生かして連れてきた、そういうこと?
「残念ですが‥‥少し違いますよ。」
ふ、と山南は笑うと眼鏡をそっと押し上げた。
「血に飢えている事は確かですが‥‥そのために君をここに呼び寄せたわけではありません。」
それじゃ‥‥どうして?
音にしない問いかけに、彼は答えになっていない答えを口にした。
「平助から聞いている事と思いますが‥‥私は密かに綱道さんと連絡を取り、羅刹の研究を行うため協力関係を結び
ました。」
「新政府軍に味方するんですか?」
「さぁ‥‥君がそう思うのでしたら、そのような立場になるのかもしれませんね。」
他人事のように言い、彼は続ける。
「私は羅刹を‥‥この先ももっと役立てるようにするために研究を進めました。」
この先の戦も彼らが戦えるように、彼は考えた。
「今日、君たちを襲った羅刹を見ましたか?」
「‥‥」
「陽の光を恐れなかったでしょう?」
確かに、陽の光を恐れなかった。
が知る羅刹とは違っていた。
「あれは‥‥綱道さんの研究によって生み出された新しい羅刹です。」
陽の光を恐れず、昼であろうが夜であろうが戦える羅刹。
自分達とは違った優れた羅刹なのだと、彼は言う。
「私はそれを更に改良してみたいと思いました。」
ゆったりとした動きで山南は近付いてくる。
は逃げもせずにじっとその動きを見守った。
隙を探したが、生憎と見つからなかった。
腐っても‥‥流石、総長、だ。
「陽の光を恐れず、そして、更に回復力も戦闘能力も優れた羅刹を‥‥と‥‥」
その羅刹の作り方を探した。
「知っていますか?」
彼は目の前に膝を着いた。
眼鏡の奥の、優しい瞳が自分を見つめている。
「変若水の元々の原料は‥‥西洋の化け物の血なんです――」
その瞳が一瞬‥‥赤く光った気がした。
「西洋の‥‥化け物?」
ええ、と彼は頷いた。
だからと口を開き、
「‥‥私は思ったんです。」
そっと、大きな手がの顎に触れる。
手袋をしたその手は‥‥が想像しているよりも冷たく‥‥まるで生きているようには思えない。
「‥‥日本の‥‥化け物の血を使えばいいのではないかと。」
日本の化け物。
即ち、
「あなたの‥‥鬼の血を。」
どくんと、
血が呼応するかのように跳ねた。
――知っていたのか――
山南はただ、にこりと笑った。
その手を、首に掛けて。
「私を‥‥殺すんですか?」
「‥‥いえ‥‥」
山南は首を横に振る。
だが、
「少し、血を‥‥ください。」
僅かにその指先に力を、入れる。
圧迫された血管が嫌な音を立てた。
熱い血潮を指先に感じた男は、不気味に、笑う。
――殺さなければ――
はぼんやりとそんな事を思った。
ここで自分が殺されてしまうわけにはいかない。
だから、
殺さなければ。
彼を殺して、生き延びなければ‥‥そう、思うのに。
「‥‥」
指先には力が入らない。
何か薬でも飲まされているというのだろうか?
頭が、
ぼんやりして、
重たい。
おまけに脳へと巡るはずの血がせき止められ、ぼんやりとしてきた。
視界が歪む。
その向こうで、
山南は何故か、
「‥‥」
顔を歪めた気がした。
「その手を、離せ――」
前触れもなく、声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声に、まるで条件反射のように意識が戻る。
しかと前を見れば山南は苦笑を浮かべていた。
そうして、やれやれと言った風に手を離す。
すぅっと頭まで血が一気に巡り、鈍痛がこめかみあたりから走った。
「やはり、君は追ってくると思いました。」
山南は立ち上がると一歩、二歩、と後退し、それと同時に背後にある気配が一歩、二歩と前進し、やがての前に
出る。
「‥‥ひじ‥‥かたさん。」
ここに、来て欲しくはなかった。
は大きな背中を見て顔を歪める。
ここに来れば、彼は苦しむことになるのに‥‥
だから、ひとりで‥‥
「馬鹿野郎が。」
土方は背中を向けたままに言い放つ。
「おまえの考えてる事なんざお見通しなんだよ。」
「そうそう。」
水くさいんだよと明るく言って顔を覗き込んだのは、
「平助?」
あの時、邸で別れたきりのもう一人の仲間。
改良された羅刹に囲まれて‥‥あの後どうなったかと思っていたが、
「平助‥‥おまえ、生きて‥‥」
「しっつれいな!」
藤堂はムッとした様子で頬を膨らませる。
「オレがあんな奴らに遅れを取るわけねーじゃん!」
自信たっぷりに告げられた言葉に、そういえばと呟いてから、
「おまえは強かったな。」
と言うと彼の顔は更に不機嫌そうに歪められた。
「そろそろ来る頃かと思っていましたよ。」
山南は驚いた様子もなく穏やかな微笑みを湛えていた。
「他の隊士は連れてこなかったんですね
まあ土方君ならそうすると思っていましたが。」
二人だけで敵地へ乗り込むなど‥‥無謀も良いところだと山南は笑った。
それに土方は応えず、
「状況を説明してもらおうか。
何故、俺達への連絡を怠ったんだ?」
厳しい眼差しで問いかけた。
真っ直ぐなそれに、山南は悲しげに目を伏せる。
「仙台に君が求めるものはありません。
‥‥奥羽同盟は戦争回避を目論んでいます。」
同盟の盟主である仙台藩が戦いを放棄しようとしている。
その暗い現実に土方の双眸は細められた。
「会津での度重なる敗戦に、仙台はどうやら腰が引けてきたようですね。」
そんな折り、新政府軍より密命を受け、羅刹隊を綱道がやってきたのだ。
彼は奥羽同盟を完全に崩壊させるつもりだったのだと。
しかし、綱道は新政府軍の思想にはどうしても同調できずにいた。
そんな彼と山南は連携し、仙台を掌握するに至ったのだ。
仙台城に攻め込まない事を条件に綱道は仙台への滞在を許された。
その間に羅刹の研究を重ね‥‥彼らは力を蓄えたのだ。
「綱道さんの目的は‥‥?」
新政府軍の考えと反しているのであれば彼の望みは一体なんだというのだろう?
問いかければ山南はかすかに笑って、
「彼は‥‥鬼の一族を復興させるつもりのようです。」
鬼の一族の復興。
つまりは雪村の。
「そして、鬼を迫害した人間に復讐をすると‥‥」
綱道はどこか狂ったようにそう告げて‥‥仙台を後にした。
雪村の濃い血を求めて。
我が娘を求めて――
「‥‥」
彼はきっと知らないのだろう。
純血種であるが、生き残り、ここにいることに。
いや多分‥‥彼にはは必要ないのかもしれない。
守りたいのは、
自分の娘だけ――だから。
ふいに部屋の外が騒がしくなる。
足音と殺気立った気配に気づいて視線を向ければ山南がのんびりと声を上げた。
「彼らも侵入者に気づいたようですね。」
のそりと、闇の中で赤い光がいくつも瞬いた。
「この城には新政府軍の羅刹のみならず、我々新選組の羅刹隊も滞在していました。」
綱道が改良した新政府軍の羅刹隊。
そして、山南率いる新選組の羅刹隊。
その全てが自分たちを取り囲んでいる。
「この国に存在する羅刹が、今ここに集結しているのですよ。」
山南は穏やかに笑っていた。
「西洋式の軍備を持つ新政府軍が相手だろうと、確実に打ち倒せるだけの最終兵器になります。」
最終兵器。
それは違う。
はその尋常ではない瞳を見て思った。
その誰にも‥‥人としての理性を感じられなかった。
不思議と恐ろしいとは思わなかった。
ただ、狂気しか映していないその瞳が‥‥酷く‥‥脆く見えた。
下手をすれば脆く、
壊れてしまうもののように。
「新選組に手を貸しても良い、と綱道さんは仰ってくれています。」
どうです?
と彼は手を差し出した。
「この羅刹たちを率いて、共に新政府軍と戦うつもりはありませんか?」
そうすれば、彼らの勝利も夢ではない。
この力があれば、新政府軍の連中を皆殺しにできるかもしれない。
彼はそう言った。
しかし、
土方は静かな声音で短く告げた。
「俺の答えは決まっている。」
それは、遠回しな拒絶に他ならない。
羅刹の研究を進めようとする山南を、土方はいつだって止めようとしていた。
彼の意志は何一つ、揺らいでいないのだろう。
「では‥‥仕方在りませんね。」
その答えを、まるで予期していたかのように山南はあっさりとした様子で呟いた。
そうして手にしていた久遠を放り投げると、山南はため息を吐きながら腰の刃を抜き放った。
対する土方は抜刀の素振りを見せない。
ただ冷めた眼差しで山南を眺めているばかりだった。
山南の髪が見る間に白く染まる。
そして、刃を高く振り上げ――
ざん――
「うぎゃあああ!!」
一刀のもとに、羅刹の一人を斬り伏せた。
それは‥‥彼の部下の一人であった。
羅刹達の目が一瞬‥‥驚きで見開かれた。
その中で山南は笑っていた。
「――戦うことしかできない私たち羅刹に、戦いの場も残されていないというのなら――」
自分の部下だった羅刹を絶命させながら山南は淡い、
「ここで終わりにしてやるのが、せめてもの情けと言うものでしょう。」
どこか優しい笑みを浮かべて、そう告げた。
広間が、一瞬にしてしん、と静まり返る。
何が起きたのか理解できないという様子で、一拍の間を置き、
「う、がぁああああ!!」
我に返った羅刹隊はみすみす殺されるものかと自ら抜刀し、飛びかかる。
「――平助。」
「わかってるって!」
静かに土方に名を呼ばれ、藤堂は威勢良く返事をすると刀を構えた。
彼もまた羅刹としての力を顕現させ、その姿を変えていく。
「山南さん、ちょっと格好つけすぎだって!
なんでオレらに言ってくれなかったんだよ!」
楽しげな口調で藤堂は言い、地を蹴った。
鮮やかな一撃で羅刹を倒せば、山南も刃を振りかざしながら笑う。
「月並みな言葉ですが‥‥敵をだますにはまず味方から‥‥と‥‥」
二人は壮絶な笑みを浮かべながら刀を振るい、ひとり、またひとりと羅刹の数を減らしていく。
「それに、憎まれ役が似合うのは局長を補佐する立場の者でしょう?」
どこかからかうような言葉に、苦笑を漏らしたのは土方だ。
そして、
彼もまた刃を構えて羅刹として羅刹に立ち向かう。
「局長だろうが副長だろうが‥‥」
土方は口元に笑みを浮かべて、
「後始末は昔から俺の役目と決まってるんだよ。」
風のように、駆けた。
三人の羅刹が‥‥舞い踊る。
鮮やかに、
美しく、
舞い踊る。
そのたびに悲鳴と、血しぶきが広間へと広がった。
群がる羅刹たちを切り捨てる様は‥‥まさに、鬼神のごとしだ。
彼らは欠片の容赦もなしに、羅刹たちを血の海へと沈めていった。
「山南総長‥‥なぜっ――」
血を流しながらかつての仲間がまるで縋るような目を向ける。
何故、何故自分たちをこのような目に遭わせるのかと。
「我々はまだ‥‥」
「先が‥‥見えてしまったんですよ。」
彼は少しだけ悲しげに笑った。
「私は羅刹として生きる道を模索していました。
先が短いと知ってからは特に焦りましたとも。」
研究を推し進めるため時には自らの手も汚した。
人を殺し‥‥その血を啜り、生きながらえた。
どうにか仲間を救うために‥‥彼はあらゆる手を尽くした。
だが、
「羅刹には――未来がありません。」
彼が語るのは残酷な現実だった。
「いくら日光に強くなろうとも、身体に負担を掛ければ寿命が縮まり血を狂う衝動も消えてくれない。」
彼は‥‥気づいてしまった。
羅刹を救う術は、もう残されていないと。
「私たちは時代の徒花なんですよ。」
悲しげに、彼は笑っていた。
「羅刹は‥‥生み出されてはならないものでした。」
この世にあってはいけないものだと、彼は自分を嘲笑った。
「もう、終わりにしましょう。」
終わりに‥‥
――本当に――
はぼんやりと心の中で呟いた。
本当に‥‥羅刹は救われないものなのだろうか?
望みは何一つないのだろうか。
だとしたら‥‥
「‥‥」
は大きな背中を見つめて、思う。
あの人は?
――救われないというのだろうか?
「う、うわぁああああ!!」
認めない、と男は頭を振ると、思い切り刃を振り回して一陣へと突っ込んでくる。
それを三人はすかさず避けた。
が、
「――っ!」
呼ばれた瞬間、咄嗟に床に落ちている刀へと飛んだ。
床の上を転がるようにして鞘から抜き放ち‥‥
「っ!」
受ける。
その一撃は思ったよりも重たかった。
じんっと鈍痛が頭を駆け抜け、体勢が崩れる。
しまったと思ったときには敵はもう一度刃を振り上げており、
――ざん
その刃がに振り下ろされることはなく、その胸を深々と刃で貫かれていた。
「‥‥おまえの相手は‥‥俺たちだ‥‥」
赤い瞳を細めて、低く唸るように告げたのは‥‥土方だった。
ごとり、とその場に倒れ込む羅刹を一瞥し、続いてへとそれを向ける。
「あ‥‥」
ごめんなさい、と続けようとすれば、土方にひどく不機嫌そうに睨まれた。
彼はじっとの顔を瞳を細めて睨み付けたかと思うと、
「‥‥」
すぐに背を向けてしまった。
気がつくと、部屋の中はしんと静まりかえっていた。
あたりには死体と‥‥血の臭いが溢れていた。
「少し惜しかったような気もしますがね。
これだけの数なら利用価値もあったでしょうに。」
刀身についた血を拭いながら山南が珍しく冗談混じりに言う。
よくもこんなに倒したものだと感心するほどの数の死体が転がっていた。
「新選組は多大な兵力を失ってしまいましたね。
‥‥今後の戦いは勝ち抜けると思いますか?」
目を細めて問いかける山南に土方は清々しい笑みで答える。
「端っから負けるつもりで戦う奴はいねえよ。」
そんな言葉に藤堂がふっと吹き出した。
「土方さんは負けず嫌いだからなぁ。」
声を殺してくつくつと笑う彼に土方はうるせぇと苦笑混じりに返した。
それを合図に、三人は何故か楽しげに笑い出す。
こんな状況だというのに‥‥三人はとても楽しそうだった。
そういえば皆がこうして笑っている姿を見るのは久しぶりだった。
まるで、
昔‥‥試衛館道場にいた時のようで。
懐かしいと思った。
「う、ぐっ!?」
不意に漏らされた苦悶の声が‥‥なければ、その懐かしさに浸れていた――
「ぐっぁっ‥‥」
山南と藤堂は苦しげに顔を歪めていた。
苦しそうに呻いたかと思うと、
その瞳が、朱に変わった。
――羅刹としての力を使っていないのに――
「やはり‥‥限界がきたようですね」
ぽつり、と山南は自分の手を見て達観したような口ぶりで言う。
限界‥‥
「‥‥まさか‥‥」
の小さな呟きに彼はにこりと笑った。
羅刹の力の源は、その人間の命。
使いすぎれば‥‥寿命が縮まる。
つまりは寿命が、つきた、ということ。
「オレら、羅刹になるの早かったしな。」
彼らは他の誰よりも羅刹の力を使い、連戦に次ぐ連戦で寿命を削り続けてきた。
その身体には今までかなりの負担が掛けられていたのだ。
「‥‥わかっていたのか。」
自分の身体の限界が。
自分の死期が。
分かっていたというのだろうか。
苦しげに土方が問いかければ山南は微笑んで頷く。
「自分の身体ですから。」
何でもない事のように言って笑うと、二人は自力では立つことも出来ず、ばたりと力尽きたようにその場に倒れ込んだ。
真っ赤な血の池に、白銀の髪が‥‥散った。
「‥‥」
力無く放り出された手を、土方は無言で取った。
「土方君とは反目することもありましたが、私は新選組の隊士である自分が誇りでしたよ。」
柔らかい声で山南が思いを紡いだ。
まるで最期の言葉のようで‥‥胸が痛かった。
「‥‥知らねえとでも思ってたのか?」
それが、彼にも分かっていた。
「新選組を大事に思ってくれてることくらい、山南さんを見てりゃ簡単にわかるだろうが‥‥」
なのに気丈に振る舞う彼に、ただ山南は弱々しく笑った。
「オレらは先に行くけどさ。
土方さんはのんびり生きてろよ?」
藤堂の明るい声音に土方は僅かにに頷いた。
難しい顔をした彼を、茶化すように藤堂は笑う。
「あんまり信用できねぇなぁ。
土方さんって短気だしさぁ‥‥」
「生意気な事言ってんじゃねえよ。
おまえに心配されるほど落ちぶれちゃいねえ。」
怒ったような口調で土方が返せば、そっかと藤堂は安心したように目を細めた。
見る見るうちに二人の身体が弱っていくのが分かる。
命が、消えようとしていくのが、分かる。
は唇を噛みしめた。
掛ける言葉が見つからなかった。
「君の進む道は‥‥北にあります。」
振り絞るような声で山南は言う。
ほぅ、と力のない溜息を漏らして、言葉を紡いだ。
「綱道さんは変若水の効果を薄める際、東北の水を使ったのだと聞きました。」
羅刹の身体を救う手がかりは。北方の自然にあるかもしれない。
もしかしたら延命も叶うかもしれない。
だから‥‥君は生き残ってというような山南の言葉は、羅刹に残された最後の希望だった。
「土方さんは、見失うなよ?
‥‥生き急いだって‥‥いいこと、ねえし‥‥」
笑ったままの掠れた声に、土方は応えるように強くその手を握りしめた。
まるで、
繋ぎ止めるかのように、
その手を強く握りしめた。
だけど、
――ざぁ――
二人の身体は、一瞬にして消滅した。
まるで、
風に溶けてしまうかのように。
二人の身体は一瞬にして、消滅した。
さらさらと、風に吹かれて灰が舞う。
それは人の最期とは到底思えなかった。
何も残らない。
骨も、髪も、
その人だったものは何も残らない。
さらさらと風に巻き上げられたそれは、空気に溶けて、消える。
持ち主を失った衣服と刀だけが、後には残された。
‥‥そこには最初から何もなかったかのように‥‥
「‥‥」
土方は握りしめていた掌を開く。
そこに確かに彼らを掴んでいたはずだった。
でも、掌には何も、残っていない。
しかと掴んだはずの彼らは‥‥何も‥‥残らなかった。
また、
仲間を失った。
大事な、大事な人たちを‥‥亡くした。
に読み書きを教えてくれたのは山南だった。
弟のように可愛がっていたのは藤堂だった。
『君は賢い子ですね』
と穏やかに笑って頭を撫でてくれたのを思い出す。
『いつか、絶対におまえに勝つからな!』
負けん気の強い彼はそう言って何度もに挑んできた。
何度か道を違えた事もあった。
でも、目指す物は最後には同じになって‥‥
同じ世界を一緒に目指した。
彼らと過ごした日々は、かけがえのないものだった。
の大切な宝物で。
の‥‥大切な家族だった。
それを、また、失った。
悲しいと言葉にするのは簡単だった。
でも、今抱えている想いはそんなものでは表せなかった。
「っ」
ふいに視界が歪んだ。
目頭が熱くなった。
熱のせいで、自分の感情を制御できなくなっている。
駄目。
ここで泣いたら‥‥彼を‥‥苦しめる。
――駄目。
はきつく己に言い聞かす。
でも、もう一度しかと意識を保つ前に、
視界が真っ暗になった。
「!?」
その後に聞いたのは、彼の必死な呼び声だった。

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