「ほら!」

  部屋に入るなり満面の笑みで突き付けられ私は目を丸くする。
  鼻先に突き付けられたのは何かの包み。
  そこからふんわりと甘い香りがする。
  なに?
  視線を平助に戻すと彼は、にっと白い歯を見せて、

  「佐久間屋の饅頭だよ」
  おまえ好きだろ?と聞かれて確かにと頷いた。
  だから土産に買ってきてくれたらしい。

  「おまえなぁ‥‥」
  そんな彼を見て傍らに腰を下ろしていた左之さんがため息混じりに呟く。
  「なんで饅頭なんだよ‥‥」
  「なんで‥‥っての好物だろ?」
  何かおかしいのかと問い返せば、左之さんは呆れた顔でこう言った。

  「病人なんだからもう少し食いやすいものにしてやれよ」

  そういえば私はまだ病人だった。



  それから私は一時風邪が悪化したものの2日も眠っていたらすぐに元気になった。
  とは言っても心配性の副長にはきつく絶対安静と言われたし、総司や一が時々監視に来るもんだから抜け出すことは愚か
  布団からでることだって出来ない。
  左之さんもしばらく辛抱してくれなんて言って私が布団からでていると困ったような顔をする。
  ‥‥あれ?
  ふとそんなことを考えているとこの2日間平助の顔を見ていない事に気付いた。
  あの日、私に饅頭を買ってきてくれた日から顔を合わせてない。
  ろくに礼も言わなかったから怒ったのかな‥‥結局あの饅頭もあの後寝込んじゃったから食べれなかったし。
  そういえばあの時、左之さんに言われた平助は落ち込んだような顔をしていた。
  小さな声でごめんって謝られたけど‥‥

  「私は気持ちだけで十分なんだけど‥‥」

  病人だから確かに食べられなかったかもしれないけど彼が私を喜ばせようと買ってきてくれたのは嬉しかった。

  「‥‥って本人に言わないと通じないよな」
  苦笑した私の耳に、
  ふいに、
  かたんと物音が届いた。

  「だれ?」

  外に気配があって声をかけるけど、

  「っ」

  その人は何も言わずに立ち去ってしまった。

  「‥‥?」

  一体なんだろうと障子を開けると、そこに

  ふわ

  可愛らしい花が並べられていた。

  赤や黄色、紫に橙の色とりどりの花。

  並べたっていうより散らかしたという方が正しい。

  一体誰がこんな‥‥‥‥

  「ぁ‥‥」

  ふいになにかに気付いた。
  顔を上げればひらひらと曲がり角から見えるのは‥‥

  私は小さく笑って、こう声を掛けた。


  「平助!
  すごく綺麗だよ!」


  ありがとうと言えば、彼はひどく照れた顔をちょこんと出した。
  ふわりと犬の尻尾みたいな髪を揺らして‥‥


  「花、ありがとね。
  こんなに集めるの大変だっただろ?」
  「そ、そんなことねぇよ!」
  「嘘つき」

  私は平助の手が泥で汚れて、傷まで出来てるのに気付いていた。
  嘘つきと言うと彼はぎくっと肩を強ばらせて決まり悪そうに視線を逸らした。

  そっと花の一つを取って顔を寄せればふわりと柔らかく甘い香りがした。
  なんだか優しい香りに目元を綻ばせる。

  「平助‥‥ほんとに‥‥」

  顔を向けるのとそれが同時だった。
  平助が、覗きこむように唇を寄せてくるのが。
  だから私は、

  「――」

  静かに瞳を閉じた。


  「平助」
  「な、なんだよ」
  「顔赤いよ」
  「そ、そっちこそっ」
  「だって‥‥」

  嬉しかったんだもん――という言葉は平助がまた真っ赤になるから言わない。


  
風邪〜日目〜



  たまに平助を甘く。