「ねえ、。副長と寝た?」

  笑顔で沖田はに訊ねる。
  その場所が、二人きりならば何も問題はなかっただろうが、そこは生憎と廊下の真ん中。
  しかもその場には平隊士達の姿がちらほら、ある。

  それを横目で見ながらは笑顔で答えた。

  「いやだな総司。
  私に男色の気はないよ。」

  がたんと、
  隊士達は驚き青ざめた顔で竹刀を取り落とした。



  だから。
  とは廊下を歩きながら疲れたように呟く。
  「隊士達の前で変なこと言うなって言っただろ。」
  半ば引きずるように、は沖田を奥へと引き連れた。
  「土方さんと寝た?って聞いただけだよ。」
  変なことかなと沖田が首を捻るので、は半眼で睨んだ。
  「あのね、私一応ここじゃ男で通してるんだけど。」
  そう、は隊士達には男で通っている。
  そして、当然副長、土方も男だ。

  となれば、先ほどの問いを知らない人間が聞けば‥‥

  『副長助勤と土方副長が出来ている。
  つまり、二人は男色家‥‥』

  という誤解が生まれるのは必然。

  笑顔で否定して流さなければ、変な噂が広まるところだった。
  しかも「土方さん」ではなく「副長」と言ったあたりが、質が悪い。
  名前だけならば同姓のということで誤魔化せるのに、副長‥‥と言われたらあの人しかいない。
  普段副長と呼ばないくせに、当てつけのように呼ぶとは‥‥
  まったく。
  とは呟く。

  「で?どうなの?」
  沖田は後ろから聞いてきた。
  どうなの?
  というのは多分先ほどの彼の問いの事だろう。
  笑顔で否定したので、そういえば答えていない。
  しかし、

  「してない。」

  の答えは変わらない。
  答えは「否」であった。

  「え?」
  その言葉に沖田は目を丸くした。
  嘘、と言いたげな顔には眉を寄せる。
  「おまえ‥‥土方さんの事なんだと思ってんの?」
  あれだろうか。
  女がいれば即座に抱くという節操のない男だと思われているのだろうか?
  「だってあの人、手が早いって事で有名じゃ‥‥」
  「それどこの噂だよ。」
  大方色町だろうか。
  自分たちが誘っているくせに何を言うか‥‥とは思った。

  「それ冗談じゃなく?」
  「なんで冗談‥‥」
  「だって土方さん‥‥」
  「土方さんの性格知ってるだろ?」

  はため息混じりに呟いた。

  土方歳三という男は。
  確かに恋多き男と言われている。
  泣かせた女は星の数‥‥と言っても過言ではない。
  しかし、
  彼はくそ真面目な男でもあるのだ。
  特に、
  新選組の中においては。

  は副長助勤である。
  確かに彼女は土方が好きで、彼も同じくが好きだ。
  でも相手は自分の部下で、なおかつ今は恋にうつつを抜かしている場合ではない。
  奔走する毎日でそんな暇などない。
  も、そして土方も。

  時間があればとりあえず、一眠りしたいくらいだ。
  とは思う。

  それに、

  「‥‥屯所でするわけにはいかないだろ。」

  はぼそっと呟いた。

  まさか屯所で女を抱く‥‥なんてあの男が許すわけがない。
  連れ込んだ所を見つかれば、即その場で切腹だ。

  「上手くやればいいのに。」
  そこはそれ‥‥と沖田は言う。
  「上手くやるって‥‥おまえ、誰が突然入ってくるか分かんないのにそんなの‥‥」
  「だって僕たち前したじゃない。」
  「それは‥‥そうだけど‥‥」
  は眉を寄せる。
  確かに仲間がいる邸の中では沖田に抱かれた。
  いつ誰が来るか分からない状況で、だ。
  でも、あの時はまだ貧乏道場にいた頃で‥‥今のように新選組として京の治安を守るとか、そういう明確な任に
  ついている頃ではなかった。
  それに今では土方は新選組の副長で、はその助勤だ。
  下手な事をすればその信用が地に落ちる。

  「面倒くさい人だね。」
  沖田はひょいと肩を竦めた。
  「真面目って言ってあげなよ。」
  は苦笑で答えた。
  それで満足なのか‥‥と聞かれたらは不満はない‥‥と答えるだろう。
  確かに土方は好きで、たまらないが‥‥かといって抱かれないと不安とか、そういう事はない。
  ただ傍にいるだけで今は十分だ。

  「もたついてると浮気されちゃっても知らないからね。」
  浮気‥‥
  はは、は彼の言葉に笑った。
  「浮気、だなんて、私別にあの人を縛り付けるつもりは‥‥」
  そう笑顔で彼を見れば、

  「の話だよ。」

  にんまり、
  とやけに艶めかしい笑みが飛び込んできた。

  え?

  は自分の覆い被さる影に、一瞬声を失った。
  やけに傍に感じる、男の体温。
  あれと思った時には、大きな手が自分の背中と、顎を捕らえていた。
  猫のように細められた瞳が近い場所で自分を見ている。

  「ってことで、浮気しちゃおう。」

  楽しげな呟きごと、閉じこめるようにの唇を塞いだ。

  一瞬、
  世界が止まった。


  だん。
  ばた。
  がつん。
  がた。


  何か暴れる音が聞こえる。
  土方は眉間に皺を寄せ、なんだなんだとそちらへと足を向けた。
  大方、永倉か藤堂あたりが暴れているという所か。
  まったく一日たりとも静かに出来ない連中だ。
  はぁとため息を吐きながら廊下を曲がれば、そこに大きな身体。

  予想は外れたようだ。

  暴れていたのは沖田、らしい。

  沖田とくれば共に暴れているのはだろう。

  いくつになっても子供のままで困る。

  「おい。」
  おまえら。
  と土方は呆れたように呟いて、

  「ふ‥‥ぁっ‥‥」

  耳に滑り込んできた艶めかしい女の声に、足を止めた。

  今のは‥‥なんだ。

  大きな背中をまじまじと見つめれば、その身体から細い手足が覗いているのが分かった。
  それが力無く、壁を叩いたり、床を蹴ったりと繰り返している。
  音の正体はそれ。
  え、でもそうしたらその声の正体は?

  「‥‥あ、ふぁっ‥‥」

  鼻に抜ける声がもう一度聞こえる。
  それは聞き慣れない、だけど、聞き覚えのある人の声。

  「‥‥‥‥?」

  土方が名を呼んだ。
  その呼びかけに、沖田の身体がびくりと震えた。

  「‥‥」
  やけにゆったりとした動作で振り返る。
  その唇を、瞳を濡らして。

  「‥‥」

  その瞬間、その向こうでずるずると影が滑るのを見逃さなかった。

  「‥‥」
  彼女だ。
  壁に背を預けたまま、ずるずるとその場にへたりこむ。
  ぼんやりとこちらを見る表情は、見たことがない女のそれで‥‥

  土方は言葉を無くした。
  衝撃のあまり、思考回路が止まった。

  沖田はそんな彼を見て、にこりと笑った。

  「生け贄です。」

  その一言だけを残して、脱兎の如く逃げ出した。

  その後、が青い顔をして寝込んでいるのを見たというのはまた別の話。


享楽のためならば



つまらなかったので、悪さしてみた‥‥という話です。
きっと土方さんをいじめたくて仕方なかったんですね、総司は。
はそのための犠牲です(苦笑)