『女の子同士で話がしたいんです』

  突然の千姫の来訪と共に、千鶴を連れだして話がしたいというその言葉に、幹部一同が渋い顔をしたのは言うまでもない事。
  それもそのはず、千鶴は鬼の一族に狙われ、なおかつ千姫の正体も未だ明らかになっていない状態なのである。
  だというのに、二人だけで‥‥と言われても納得など出来るはずがない。
  それでも、普段男所帯で生活している千鶴にだって『女』として言いたい事があるのは確かだ。
  今まで一度だって文句を言ったこともない。
  そんな彼女だからこそたまには女に戻って、女同士で羽根を伸ばさせてあげたいとも思う。
  しかし、だ。

  難しい顔をして黙り込む一同を見て、提案したのはその人だった。

  「じゃあ、私が二人の護衛につくっていうのは?」

  男にしては高く、澄んだ声。
  振り返る一同の視線を一身に受けているのは小柄なその人だった。

  「一応、私も、女ですし」

  それなら気兼ねなく話も出来るでしょう? と悪戯っぽく細められる琥珀に、そういえばそうだったと今更のように一同
  は思いだした。



  「これでも副長助勤なんですから、一人で大丈夫ですって」

  心配だからついていく、と言った沖田や原田の提案をすっぱりと断り、は千姫と千鶴を連れて出かけてしまった。
  出掛けた先は、美味しいと評判の茶屋、である。
  いつもならば暖かいお日様の下で茶を啜るのだが、今日は個室を使えと副長に厳命されてしまった。
  一人で護衛をさせるかわりに、襲撃に遭いにくいようにしろ‥‥というのである。
  は仕方ないなぁと肩を竦めて茶屋にやってくると個室へと案内してくれるよう店の男に頼んだ。
  普段ならば埋まっている事の多い個室は、何故かこの時ばかりは空いていた、らしい。
  通されるままに二階へと上がり、三人はこぢんまりとした一室へとやって来た。
  一番奥の部屋。
  襲撃されると逃げにくいんだけどな、などと思いつつ向かいの部屋と隣の部屋の様子を探る。
  向かいは空き部屋のようであるが、隣には先客がいるらしい。
  どんな人間がいるか‥‥までは分からないが、とにかく静かなのは確かだった。

  「‥‥まあ、風間が茶屋にいるっていうのは考えられないか」

  あの男ならば茶よりも酒だろうな、と一人ごち、は隣り合って座る千鶴と千姫の向かいに腰を下ろした。
  部屋は襖で仕切られている。
  何かあってもいいように、襖の前に、だ。

  ごと、と腰から久遠を外して傍らに置いた。
  と同時に店の人間がやってきて注文を取りに来る。

  「ここはみたらしが美味しいの。千鶴ちゃんも食べてみて?」
  千姫の提案に千鶴が嬉しそうに頷いた。
  じゃあ、みたらしを‥‥と言いかけ、彼女の視線がに向けられる。
  あなたは?と問うようなそれには手を軽くあげた。
  「私はお茶で良いよ」
  「‥‥でも‥‥」
  「甘いのは、あまり得意じゃなくてね」
  ひょいと肩を竦めて言ってみせると千姫はそう、と小さく呟いて、それじゃあ二つと注文を通した。

  それからすぐに茶とみたらし団子が二つ乗った皿が運ばれ、美味しそうに頬張る二人を見ながらは一人静かに茶を啜
  った。
  一口、まず口に含んで‥‥それから、味がおかしくない事を確認すると喉を潤す程度に飲む。
  そうしてから、ふと、そんな自分がおかしくて笑った。
  ここは馴染みの茶屋だというのに、はいつだってそうしてまず味の確認をしてからでないと飲み物にも食べ物にも手
  を着けない。
  毒や薬が混ぜられていないか、無意識に確かめてしまうのである。
  多分同い年くらいの女の子は知らないだろう。
  どんな味がすると毒が入っているか、どの程度ならば口に含んでも平気か‥‥なんて。
  普通は「どこの団子や美味しいか」とか‥‥そういう事に興味があるはずだ。
  若しくは、
  「どんな男に気があるか‥‥」
  とか。

  「‥‥そういえば、千鶴ちゃん。
  前にも一度聞いたと思うんだけど‥‥」

  そんな事を一人考えながら茶を啜っていると、千姫が思いだしたように声を上げた。
  千鶴がなぁにと首を捻る。
  千姫はにぃっとどこか悪戯っぽい顔になって、

  「千鶴ちゃん、好きな人、いるわよね?」
  「っ!?」

  問いに、千鶴は面白いくらいにぼんっと顔を真っ赤にし、慌てはじめた。

  「あ、いや、そのっ、あのっ!」

  と言葉に出来ずにあたふたとする様子に、図星だなとは苦笑を漏らした。
  元より嘘を吐く事が出来ない子だとは知っているが、こうも分かりやすいとなんというか、逆に哀れにさえなるというも
  のだ。
  そんなんだから沖田にからかわれるのだ。

  「誰? 誰誰?」

  千姫は興味津々と言った様子で訊ねてくる。
  これがただの好奇心故の詮索ならばやめておけと言うのだが、彼女は千鶴に「女の子として女の子の本音」とやらを聞き
  出そうとしているらしい。
  まあ屯所で好きな男の話なんぞ出来ないのだから、こう言うときに存分にしておくと良い‥‥と思う。

  「いや、あの‥‥まだ、好き、とか、そういうのは‥‥」
  分からないんだけど‥‥と消え入りそうな声で言う千鶴がたまらなく可愛らしい。
  困ったような顔を真っ赤に染めて、もうこれ以上ないというくらいに恥じらっている。
  これぞ恋する女の子だな、などと他人事のように思いながら、は口を開いた。

  「別に恥ずかしがる必要ないよ? ここにいるのは女の子だけ、なんだし」
  「‥‥そう、ですけど‥‥」
  「恥ずかしがらずに、ほら、言っちゃって言っちゃって!」
  「‥‥‥‥‥‥その‥‥」

  二人に言われ、千鶴は俯く。
  膝の上に作った拳をきゅっと握りしめ、迷い迷ってやがてはおずおずといった様子で唇を開く。

  「お、沖田さん‥‥です」
  「やっぱり?」
  予想通りというの言葉に千鶴は驚いたように顔を上げた。

  「さん‥‥まさか、気付いて‥‥?」
  「‥‥うん、まあ、ね」

  が得意としているのは暗殺の他に、情報収集である。
  人の変化や感情には新選組の中では一番敏感で、そもそも千鶴のように分かりやすい子がに対して隠すなど土台無理
  というものだ。

  「大丈夫、気付いてるのは私だけだから」
  自分の言葉であんまり不安げな顔をするものだから、は苦笑でそう続ける。
  「ほ、本当ですか?」
  おずおずと彼女は聞いてくる。は安心させるように笑った。
  「本当。気付いてるのは私だけ」
  だから安心して、と言えば漸く、彼女は胸を撫で下ろしてほっとしたような表情を浮かべた。
  そんな千鶴の様子に‥‥少しばかり罪悪感を覚えなくもない。
  何故ならその言葉は嘘だったからだ。
  千鶴が沖田を好いている、と言うのは恐らく、以外にも原田も気付いている。あの人は人の感情に機敏だ。
  斎藤あたりも何かを掴んでいるだろうが‥‥これが恋愛事となると彼が気付くかどうかは怪しい。藤堂や永倉は論外だけど。
  あああと、彼女の上司であるあの男も気付いているだろうな。
  というか新選組の中の事を、彼が気付かないはずもない。

  気付いていて‥‥放っている。
  恐らく見ない振りをしてくれているんだろう。
  本来ならば、そんな事許されるわけもないのだろうけれど‥‥

  (あの人は、そういう所、鬼になりきれないからなぁ)
  一人明後日の方向を向き、は笑う。
  なにが鬼の副長だ。千鶴一人を殺す事も出来ず、彼女の恋を終わらせてやる事も出来ない、優しい男の癖に‥‥
  (だから‥‥私は‥‥)
  そこまで考えて、は思考を止める。
  (何を馬鹿な事を)
  緩く頭を振って、考えを追い払う。
  そんな事を考えている場合ではないし、自分にはその必要もない。資格もない。
  自分は新選組の副長助勤。
  求められているのはいち、幹部として彼らの役に立つ事だ。

  (恋心なんて)

  そんなもの。
  と吐き捨てようとするの耳に、
  「さんは、好きな人とかいないの?」
  千姫の予想外の問いかけが飛び込んできた。
  「っは!?」
  思わず大きな声が漏れた瞬間、がたんと隣室で音が聞こえた。
  あまりに大きな声を出したせいで驚かせてしまったらしい。
  は慌てて口を手で押さえ、千姫の方に驚きの眼差しを向ける。
  女の子二人でさぞ楽しく千鶴の恋について盛り上がっているかと思いきや、突然、こちらに矛先が向いてくるなんて思わ
  なかった。
  しかも、そんな話題で。
  「な、何をいきなり‥‥」
  思わず狼狽してしまうに、千姫はぴーんと来て‥‥実に恐ろしきは女の勘である‥‥探るような眼差しになって執拗
  に問いかけてくる。
  「いるんですね?その反応は‥‥」
  「え?!本当ですか!?」
  「え、いや、そんなの‥‥」
  千鶴さえも興味津々と言う風に身を乗り出してくる。
  憧れる姉のような存在の彼女が惹かれる男というのに興味があった。
  彼女は一体どんな人に想いを寄せるのだろうか。
  「どんな人?」
  「え、いや、あの‥‥」
  は口ごもる。
  これだけ動揺した後で「いない」と言ったところで追求の手は止まないのだろう。
  それでは誤魔化すどころかますます怪しませるだけで、だからといって適当な人を挙げることも出来ない。
  ただひたすらに迂闊だったと自分の未熟さを呪った。
  これくらいで動揺するなんてまだまだ修行が足りないと。

  「誰ですか?」
  「え、いや、あの」
  すっかり調子を失ったとは逆に、水を得た魚とばかりの勢いで千姫が詰め寄ってくる。
  「もしかして、以前お会いした斎藤さんとか?」
  「なんで、一が‥‥」
  「じゃあ、原田さんかな? あの方、とっても優しいし」
  「た、確かに左之さんは優しいけど」
  でも、と口ごもる彼女は動揺のあまり自分が追いつめられている事には気付いていない。
  一人一人名を挙げてその反応を見る事で、千姫は彼女の思い人を探り当てようとしているのだ。
  「んーと、それじゃあ、藤堂さん?」
  「平助? いやあいつは弟みたいなもんで‥‥」
  「‥‥じゃあまさか、沖田さん?」
  「そんな馬鹿な!」
  あり得ないから安心してと強く言うと、千鶴は安心していいものか、それともが気を遣ってくれているのか分からず
  におろおろとした風になる。
  後は、と千姫は宙を扇いで一人ごち、

  「土方さんとか?」

  「――っ」

  ちがう。
  出すべきはずだった言葉が、喉の奥に張り付いて、出てこない。
  まるで、
  否定するのを嫌がるようで、ただ、は目を丸くして息を飲むしかなかった。

  「‥‥まさか、土方さん、を?」
  その反応は明らかに図星を言い当てられたと言う風で、千鶴も、それから千姫も驚いたような顔で彼女を見つめている。
  まさかが、直属の上司である彼の事を好いていただなんて。
  いや、言われてみれば納得かもしれない。
  土方はに対しては人一倍口うるさいし、は土方に対しては人一倍お節介だ。
  一番近しい存在だからこそ‥‥恋心というのが生まれてもおかしくはない。

  「なるほど‥‥」

  妙に納得したような二人には内心で焦る。
  ちがう、そうじゃない。彼とはなんでもなくて、これは。
  これは‥‥

  言い訳は虚しく頭の中で木霊し、消えていく。
  消えていった先に、の中に浮かんだのは、

  「‥‥そう、だよ」

  諦めにも似た思いだった。

  まるで降参だよとでも言わんばかりの呟きに、まさか認めるとは思わず千姫は目を丸くし、千鶴は何故か嬉しそうな顔で
  手を叩く。
  「お、お似合いですっ!」
  お世辞でも何でもなく、千鶴は本心から告げた。
  土方と。なんて似合いの二人だろう。
  二人ともとても綺麗で、まるで並ぶだけで絵になって‥‥それだけじゃなくてお互いの事を誰よりも信頼し、大切に思っ
  ている。
  この二人が似合いでなく、誰が似合いだと言うのだろう。
  「ありがとね‥‥」
  はそんな言葉に苦笑で返した。
  ありがとうと言ったものの、それが何に対しての礼なのかは分からない。反射のようなものだろうか。
  「‥‥鬼の副長さんと、腕利きの部下‥‥かぁ」
  千姫が妙に納得した、という風に呟く。
  内心では『鬼の姫君』と零したのだが、それには流石のも気付かない。
  なるほど、と呟いた後、千姫は猫が目を細めるようについと双眸を引き絞った。
  「――言わないんですか?」

  は愚問だときっと来るだろう質問に、弱く笑って見せた。
  ずきりと、胸が痛むほど、弱々しく、痛々しい笑顔だった。

  「このままで、良いんだ」

  千鶴はお似合いだと言ってくれた。
  だけど、そんなはずはない。結ばれるはずがない。
  何故なら自分は彼の部下で。
  それ以上でも、それ以下でも、ない。

  ましてや新選組に与している以上‥‥女である自分が、いていいはずもないのだ。

  これは、捨てなければいけない感情。
  あってはらならない感情。
  そう、
  だって、
  自分は、

  副長助勤――


  さぁ

  と、突然の後ろで襖が開く。
  隣室へと続く襖だ。
  間違えて開けたのか、それとも故意に開けたのか‥‥とにもかくにも、
  「っ!」
  は素早く久遠を掴み上げて振り返る。
  振り返り様に鯉口を切って、いつでも抜刀可能な状態で構えたけれど‥‥
  「え」
  そこにいた人物を目にするとの目がまん丸く見開かれた。
  見開かれた彼女の瞳に映り込むのは、心底不機嫌そうな顔をした、
  「少し借りるぞ」
  土方歳三、その人の姿。

  ぐいっと肩を掴まれて隣室に引きずり込まれる。
  不安定な格好で、しかも力任せだったためには身体の均衡を崩し、そのまま背中から畳の上に倒れ込みそうになって、
  「っ!」
  慌てて後ろ手を着くのと同時に背中を男の手が支えた。
  ほっとしたのもつかの間。
  次の瞬間、拘束するように背中を支えた手が肩口まで伸びて、そして視界いっぱいに男の不機嫌そうな顔が迫って、



  「‥‥俺は‥‥惚れた女にこんな事も出来ねえような関係は御免だ」

  襖の向こうで隠された場所で‥‥一体何が起こったのか分からない。
  ただ、満身創痍と言った風に戻ってきたが耳まで真っ赤にして突っ伏してしまったのを見て、千姫はひたすら邪推を
  していたのだった。


  その想いに




  物わかりが良すぎるに対して、いつでも
  やきもきしているのが副長。
  この後しばらく副長にモーションかけられ
  ていたことでしょう( ´艸`)