小さな物音から始まった。
  聞こえて振り返った時には崩れた天井の一角がどさりと崩れ落ち、
  そのまま雪崩れ落ちるようにこちらへと向かって飛んできた。

  しまったと思ったときには、遅かった。

  迷うことなく飛んできた瓦礫は、小さな身体を飲み込んだ。


  「っ!!」


  悲鳴にも似た声が自分を呼んだ。
  それに、意識が戻る。
  一瞬、ほんの一瞬だけ気を失っていたらしい。
  だが目が覚めた瞬間に、

  「っ!?」

  激しい痛みが太股から下まで一気に走った。
  あまりの痛みにもう一度意識を手放してしまいそうになる。
  それをぎりっと奥歯を噛みしめて堪えると、は自分の身に何が起きたのか身体を起こして振り返った。

  「‥‥っ」

  振り返って、愕然とした。
  ものの見事に落ちてきた瓦礫は、自分の腰から下までを押しつぶしていた。
  じわりと濡れた感触がするのは、きっと潰された衝撃にどこか怪我をしたのだろう。
  自分は鬼故、血はすぐに止まる。
  が‥‥

  「こ、のっ‥‥」

  その重たい瓦礫の下から這い出る事は‥‥叶わなかった。

  押しのけることは到底出来ず、ならば下から這い出ようとしたが‥‥そうすると腰から下が千切れてしまいそうだった。

  くそ、
  は内心で焦ったように呟いた。

  「!」

  声がもう一度自分を呼ぶ。
  もうもうと上がる砂煙の向こう‥‥長身の男の影が浮かんだと思ったら、煙を裂いてその人が飛び込んでくる。

  「‥‥総司‥‥」
  「っ!?」

  瓦礫に下敷きになった彼女の姿に、沖田は一瞬驚いたように目を剥いた。

  「ごめん‥‥へました。」
  は困ったように笑い、ひょいと肩を竦めて見せる。

  「待って、今瓦礫を‥‥」
  男は慌てての傍に膝をつくと、瓦礫の山へと手を伸ばした。
  が、どれほど力を入れても‥‥常人の力ではそれはびくともしない。
  辛うじて少し、ずずっとずれたくらいで‥‥後は沈黙してしまう。

  ああ、やっぱり男の手でも無理か。

  は半ば分かっていたかのような溜息を漏らす。

  「ちょっと待ってて‥‥誰か呼んで‥‥」
  「総司。」

  すぐに取って返そうとする沖田には静かに首を振った。

  「‥‥もう、いいよ。」

  彼女の口から、そんな言葉が、漏れた。

  もう、いい。

  「何を‥‥」
  諦めにも似た色を浮かべる琥珀に、沖田は激昂する。
  「らしくないよ!そんな簡単に諦めるなんて!」
  「仕方ないだろ。
  どうしようもない事っていうのは世の中にはあるんだから。」
  怒鳴り散らされても、しかし、は静かな声で紡いだ。

  これが運命というのならば仕方ない。

  そう、自分の死を‥‥潔く受け入れるみたいに言って、小さく笑った。

  その笑顔に、どきんと胸が嫌な音を立てた。

  「おまえは、先に行け。」

  がら、とどこかでまた雪崩れる音が聞こえた。
  地面に触れている身体にびりびりと地響きが伝わってくる。
  ここはもう保たない。
  もうじき、崩れる。

  「おまえだけは行け。」

  放心する沖田に強い眼差しを向けて言う。

  ここで二人が死ぬわけにはいかないから。
  だから、おまえだけは先に行けと。

  そうしなければいけないのは分かっている。
  そうすべきなのは‥‥よく、分かっている。

  でも、

  「っ」

  でも、

  沖田は顔をくしゃりと歪めた。
  まるで泣き出す寸前の顔になり、彼は叫んだ。

  「嫌だ!!」

  そうして瓦礫にもう一度手を掛けると、渾身の力を込める。
  同時に、
  その呪われた力に呼びかけた。

  「やめろ!総司っ!!」

  ぞくりと嫌な予感がしては制止を促した。

  しかし、その声に耳など貸さぬとでもいいたげに、彼の柔らかい髪の色があっという間に白く、色を失っていく。

  その力は呪われた力。
  人とはかけ離れた呪われた力。

  「総司、止めろっ!」

  悲鳴みたいな声がの口から迸った。

  ずず、と嫌な音がした。
  振動が身体に響き、は痛みに小さく呻く。

  やめてくれ、頼むから。
  やめてくれ、頼むから。

  彼の残り少ない命を、
  これ以上、
  奪わないで――

  「う‥‥ぅ‥‥あああああああっ――!!」

  獣が咆哮を挙げた。

  その瞬間、がらがらっとけたたましい音を立て、瓦礫が崩れ落ちる。
  砂煙が再び舞い上がり‥‥世界が一瞬、灰色に飲まれた。

  けほ、
  げほ、

  とその中で噎せ返る声が聞こえる。

  男は何も見えない世界の中で必死に手を伸ばした。
  手を伸ばして、指先に、触れた。

  「‥‥総司‥‥」

  痛々しいまでに真っ赤に染まる彼女を抱え上げる。
  しかし、その唇からはぜぇぜぇと荒い呼吸が漏れていた。
  力を‥‥使いすぎたせいだ。
  きっと自分の身体を支える事だけで精一杯だろうに‥‥彼は、彼女を抱え上げて一歩を踏みだした。

  「‥‥私の事なんて‥‥放っておけって言ったのに‥‥」

  は苦しげに呻く。

  また、
  彼の命を‥‥奪った。
  彼に残された短い命を‥‥奪ってしまった。

  自分なんかのために。

  「いや‥‥だからね‥‥」

  ごほと咳き込みながら沖田は呟く。
  苦しげに顔を顰めながら、いやだと、彼は言う。

  「自分一人だけ‥‥生き残るなんて‥‥」

  嫌だと。

  もし例えば、明日‥‥この命が尽きることになったって‥‥

  「一人は‥‥いやだ。」

  きゅと、自分を抱える手に力が込められる。
  その手が微かに震えていることに気付いて‥‥は苦しそうにごめんと呟いた。


例えこの尽きようとも



「それは私も同じ事だ」
はそう思ったに違いない。