寝過ごした。
覚醒と同時にひやりと背筋を冷たいものが走る。
寝覚めには決して良くないぴりりとした緊張した空気が部屋中を満たしていた。肌のあちこちがちりちりする。まるで針でちくちくと刺されているみたいな感覚。はこの世界に来るまでそれが一体何なのか知らなかった。だってそんなものとは無縁の、平和な世界で暮らしていたから。
――殺気。
人を殺そうというその気配。
皮膚がざわつき、腹の奥がきゅうっと痛くなる。暑くもないのに汗は出て、だけど身体の奥底は寒くなるのだ。
最初こそはガタガタと身体が震えたものだけど、今は少し慣れた。それでもやはり冷や汗がじんわりとにじみ出る。殺されたくないのだから当然。だからは慌てて身体を起こしてみせる。無論、遅いのだけど。
「君、居候の癖に随分とのんびりしてるんだね」
ぴんと張り詰めた空気の中、のんびりとした声が降ってくる。
振り返らなくてもその嫌味を発するのが誰だかというのは分かっていた。だってこのところ毎日のようにそんな嫌味での寝覚めを不快なものにさせているのだから。
ややうんざりとした顔で溜息を吐き、緩慢な動きで振り返る。
いつの間に……なんて問うのも馬鹿馬鹿しい。彼は開けはなったふすまに背をあずけ、こちらをにこにこと笑顔で見下ろしていた。ただ笑顔、というにはその目はまるで笑っていない。瞳の奥にある感情は……拒絶、嫌悪、侮蔑。
「さっさと起きてくれないかな? 居候を起こしに来てあげられる程、僕は暇じゃないんだ」
あからさまな敵意。
はそれを真っ向から受け止め、はいと頷くしかなかった。
そんな彼女を冷たく一瞥し、やれやれと肩を竦めながら彼は聞こえよがしに、
「あーあ、なんで同じ顔なのに、と違って役立たずなんだろうね、君」
沖田は言い放つのだった。
彼、沖田とは大層仲が良かった……と原田から教えて貰った。
無論彼だけではなく、皆、は大切な仲間だと思っているらしいが、その中で一際、彼とは親しかったらしい。というのも小さい頃から一緒に遊んでいたからで、沖田にとっては初めて出来た友達というのがだったらしい。
そんな親友を突然奪われ、その代わりに同じ顔をした自分がやって来た。彼が自分を嫌悪するのも分かる。自分の大事な人を奪ったのだから。
「だからって、私に言われてもなぁ」
毎日そんなではついついぼそりと口を吐いて不満もこぼれてしまうというもの。
はあ、と辛気くさい溜息を吐けば後ろから藤堂がどうしたと声を掛けてきた。
今日の後片づけは彼と一緒だ。彼はに敵意を向けてこない。かといって無関心なわけでもなく、割と親しげに話しかけてくれている。元々誰とでもすぐに親しくなれるタイプなのだろうか、だからついついも彼の前では気が緩んでしまう。
「ごめんなさい。なんでもないです」
「そっか?」
本当に大丈夫かと心配そうに聞いてくれる。申し訳ないと思いつつ、は嬉しいと思った。
この世界に来てからずっと、冷たい目で見られる事が多かった。大抵の人間はに好意的ではない。沖田なんぞはあからさまに嫌味を言ってくるし、斎藤はものすごい余所余所しい。土方なんぞは自分の事を見ようともしない。永倉や近藤も困惑するからなのか、話しかけても困ったような顔をしている。その中で普通に話しかけてくれるのは原田や藤堂、それから千鶴くらいだ。
「そういえば。今日オレ巡察当番なんだけど良かったら一緒について来ねえか?」
皿を洗いながら藤堂が首だけを振り返り訊ねてくる。
「でも、私屯所から出ないようにって」
「ああそれは左之さんが土方さんの許可を貰ってくれたみてえだから大丈夫」
曰く、最近暗い顔ばかりをしているから外に連れ出してやってくれ……という原田の気遣いらしい。
は困ったような顔で笑った。出来ればその気持ちを有り難く受けたい……でも、
「やめておきます」
ふるりとは頭を振った。
「また、浪士に絡まれた時に、足手まといになっちゃうと困るし」
「あー……」
藤堂はその出来事を思い出し、苦い顔になった。
ほんの数日前の事だ。同じように誘われて巡察に出た事があった。
偶々運悪く不逞浪士と出くわして、ちょっとした乱闘騒ぎとなってしまったのである。
その時は何も出来ずにとりあえず邪魔にならないようにと端っこの方で身を顰めていたのだが、それを見付けた浪士に斬り掛かられあわや大けが、という所を藤堂に助けられた。そのせいでは怪我一つなかったものの代わりに一人の浪士が怪我をしてしまった。大事には至らないとは言っても自分がいなければもっと早くに騒ぎを収められただろう。そう思うと申し訳なくて、とてもではないが一緒に連れていってくれと言う事も出来ない。
「あれは、仕方ないって。が悪い事じゃねえし」
彼はそう言って励ましてくれるが、はふるふるともう一度頭を振る。
「私が、足手まといにならなくなったら、お願いします」
「……そ、そうか?」
少し残念そうな顔で首の後ろを掻き、それなら仕方ないよなと豪快に笑い飛ばしてくれる。こういう所が彼の良いところだ。もしこれが沖田なら人の厚意を云々と文句をつけてくるところだろうから。
はもう一度だけすいませんと頭を下げて、最後の皿を洗い終えると藤堂へと差し出す。
「藤堂さん。こっち終わりました」
どうぞ、と言うと藤堂は変な顔になった。眉間に皺を寄せて、ちょっと困惑したような顔だ。
「そのさ……その喋り方、止めてくれねえか?」
「え?」
喋り方。何か拙かっただろうかと首を捻れば彼はこう答える。
「なんかむず痒くてさ」
「むず痒い?」
「ああ。藤堂さんとか畏まった話し方を、にされるとどうも調子が狂うっていうか」
「……」
どうやら『』に他人行儀にされているようで彼は落ち着かないという事のようだ。
だがそれは今目の前にいるではなく、此処にいた『』。やはり彼も自分を通して彼女を見ているという事。それは少し悲しく、辛い。誰も自分などを見ていないのだなと改めて思い知らされる。
は一度視線を伏せ、それから顔を上げるとにこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、平助……って呼んでも良いかな?」
問いかけに彼は満面の笑みを浮かべて「やっぱりそれだよ」と元気いっぱいに答えるのだ。
でもその笑みを向けているのは自分ではなくて……
片付けを終え、やる事がなくなってぷらぷらと屯所の中を歩いていると遠くから声が聞こえた。
カンと小気味よく何かがぶつかる音と、ばたばたという足音も。それからわっと歓声。
なんだろうかと思い近付いていくと離れへと辿り着いた。開けはなったままの戸から中を覗く。そこは道場だった。
屈強な男達が木刀を手に手合わせをしている。
その中、一際目を惹くのはその人であった。
「っ」
音も立てずに一歩を踏み込んだかと思えば、全くブレる事のない切っ先を迷い無く相手の腹へと叩き付ける。
重たいはずの木刀がひゅ、と軽やかに風を切る。まるで軽いものでも振るっているかのよう。でも、叩き付けた瞬間ばしんと嫌な音を立てるそれは決して軽い一撃ではない。寧ろ重たいのだろう。
「ぐぁああ!」
「一本!」
それを証拠に木刀を遠慮無く腹に食らった隊士はのたうち回っている。
「だらしないなぁ。これくらい避けられないなんて」
冷ややかに言ってのけるのは一番組組長――沖田であった。
彼は木刀でとんとんと肩を叩きながらつまらなそうに辺りを見回している。次は? と声を掛けたが、名乗り出る者はいないようだ。そんな様子にまた、彼はつまらない、と一言。
そうしてこちらを見て、その双眸を細めた。
「なんだ、君。そんな所で覗き見?」
良い趣味だね、という揶揄にははっと我に返った。
あまりの美しい剣さばきに見惚れてしまっていたのだ。
慌てて頭を振り、これ以上の接触は止めておこうと踵を返そうとする。その背に、待って、と声を掛けられた。
「君、剣術やってたんでしょ?」
「え?」
どうしてそれを、とは驚いて振り返る。沖田は苦笑した。そんなの見ていれば分かる、とでも言いたげだ。
確かには長年剣道を習っていた。この世界にやってきてからは竹刀を持つ事は無くなったが――下手に剣術なんぞをやっていたらどんな目で見られるか分からないから――寝る前の筋トレは欠かさない。
しかし、それが一体なんだというのか。
「僕と、手合わせしない?」
にこにこと笑顔のままこちらを見ている沖田は、突然、こんな事を言いだした。
沖田に続いて道場へと足を踏み入れる。
すると何故か皆が驚いたように振り返り、道を空けてくれた。空ける……と言うよりは怯えて離れるという感じか。そんなに沖田という男は荒っぽい手合わせをするのだろうか。ギャラリーを巻き込むような。
「一君。審判やってくれない?」
十分な広さが出来た所で、沖田はど真ん中を陣取り斎藤に声を掛けた。
彼は汗を拭いながら振り返り、すぐにの姿を認めて双眸を細める。
「その者と手合わせをするつもりか?」
「そうだよ」
沖田はこっくりと頷き、慣れた様子で木刀を二本掴んで戻ってくる。その一本をにぽいと放り投げて寄越した。ずしりとした重さに思わず声が出そうになる。
「一応剣術は習ってたみたいだし……大丈夫でしょ」
「だがしかし、相手はあのとは違う」
「大丈夫だよ」
ね、と笑顔で問われては一瞬答えに困る。ちらと見れば斎藤が苦い顔で頭を振っていた。やめろ、と言っているようだ。
としても出来れば彼と手合わせなんぞ御免蒙りたい。先程の稽古の様子を見ている限りでは容赦がないのは分かっているし、普段の彼の態度から考えてもが女だから手加減をなどという気は毛頭ないだろう。寧ろ、自分の親友を奪った憎き仇……としてここぞとばかりにやられかねない。
そう思う一方で、は思うのだ。
「大丈夫です」
彼の申し出を断れば、この先一生……彼と分かり合う事は出来ない。
何故そのような事を思ったかと聞かれれば、勘だ。言葉で言いつくろったって無駄なのだ。彼には、自分の意志をその剣で示さなければ。
「……」
の返答に斎藤は哀れむような視線を向ける。
彼の目には既に勝敗は見えているのだろう。それが更にを煽り立てた。負けず嫌いなのだ……彼女もまた。
「総司。先に断っておくが」
「大丈夫。殺したりなんかしないよ」
に、と口元を引き上げて沖田は分かっていると答えた。
その目には残忍な色が浮かんでいる。殺したりはしない……辛うじて生かしておいてやる。そう、言うみたいに。
「……」
は木刀の柄を掌で感触を確かめるように何度か回す。
そうして漸く重さに馴染んだ所で、きゅと強く握りしめ、構えを取った。
その後で悠々とした動きで沖田も構える。隙は……何処にもない。口元はだらしなく笑みを象っている、というのにむかつく男だ。
「それでは、」
対峙し合う二人から離れ、斎藤が手を高く上げる。
「始め!」
鋭い声が掛かると同時に、突っ込んできたのはだった。
沖田は待っていた。踏み込む事も出来ずにやられる……なんてあまりにも可哀想だとでも思ったのだろう。だが浴びてやる気はさらさらない。一撃を流して、すぐに討ち取る。
「っは!」
の一刀は、面を狙う上段の構え。ずぶの素人だ、沖田は嗤った。
その一撃を軽く身体を捻ってかわし、がら空きの胴に一撃。いや、背中にでも呉れてやろうか。寝返りを打つたびに痛くて堪らないはずだ。この位の報復、親友を奪った彼女にしたって罰は当たるまい。斎藤には何か言われるかもしれないが、それで二度と暢気な顔を見せたりはしないだろう。それで試合は終了だ。
――のはずだった。
ガンッ!!
激しく木刀がぶつかる音が耳元で聞こえ、鼓膜を不快に震わせている。
大きく見開かれた瞳にその光景がはっきりと映っていた。瞳で捉えてはいたが、信じられなかった。
彼女の一撃を軽くかわし、胴に打ち込む。手加減はしない。思い切り、自分の無力さを叩き付けてやる。その算段だったはずだ。
だというのに何故だろう。彼女はまだ倒れてはいない。そればかりか、彼女は立っていて……しかも、上段から下ろされるはずだった一刀は彼の顔の横で止められていた。
彼女が狙ったのは、首だ。
首を、本気で落とすつもりだったらしい。
「っ!」
沖田は力任せにの刀を押し返し、距離を取った。
誰もが驚きに目を見張って二人を見ている。何が起きたのか、彼らには一瞬分からなかった。
「へえ、案外、やるじゃない」
口元をまた歪めて沖田は軽口を零す。
「馬鹿正直に上段からうち下ろすかと思ったら、途中で軌道修正……なんて、なかなか君素早いんだね」
その素早さは流石に驚いた。驚いたし、悔しいが感心した。だってあのと引けを取らない速さだったから。
「でも、首への一撃なんて僕を殺すつもり?」
「すいません」
沖田が咎めればは潔く謝った。でも、と彼女はこうも続ける。
「沖田さんも一本関係なく、一撃を食らわそうとしてたでしょ?」
「……へえ」
男の瞳が更に鋭く細められた。
そんな素振りを見せたつもりはないが、彼女は気付いたようだ。もしかすると性格から読みとったのかもしれない。だが悪くない。頭が良く回る。そしてそれに気付いた瞬間の反応も悪くない。一矢報いようと首を狙ってきた所などはますます……面白い。
「君をちょっと侮ってたかな」
「かもしれないですね」
す、とお互いに再び木刀を構える。
構えてみて沖田は気付いた。彼女の構えは、彼がよく知るのそれとよく似ていた。彼女は構えを取らないが、目の前のその人は構えを取ってはいるもののまるで構えているという感じがない。ようは隙だらけなのだ。あまりに隙だらけで思わず打ち込みたくなるが、も同じだった。そうやって誘っているのだ。
なるほど、と沖田は思う。
顔だけが似ているのかと思えば身体能力も同じというわけか。面白い。
「総司、」
その瞳が無垢な子供のようにきらきらと輝きだした。新しい玩具を見付けて興奮する子供と同じだ。
これはまずい、と制止を掛けようとしたが一足、遅い。
ダンッと床を強く踏んだかと思うと瞬歩でに迫る。
そうして遠慮のない打突を一つ、彼女の身体に穴でも空けるかのような強さと速さで繰り出す。
「っ!」
はそれを身体を捻ってかわすと、捻りざまに一撃を繰り出した。それは遠心力も加わり、見事な横凪ぎの一撃となる。
「甘いっ!」
それは沖田に当然のように防がれた。防がれるのは予想済だ。だからすぐは身体を低くして、彼の横を通り過ぎた。
また距離を取って、再び追いかけてくる沖田の一撃をかわし、懐に飛び込んで一刀を腹に叩き込む。下から掬い上げるように弾かれ、また――
「あー、悔しいなぁ」
ざばっと井戸からくみ上げた水を頭からかぶり、沖田は悔しげに一言を漏らす。
火照った身体に冷たい水は心地よい。が、どれ程に身体を冷やしても心の奥に燻った炎というものは消えない。沖田は悔しいとその燻ったものを言葉で吐き出すように何度も続けた。
「一君が止めなければ、もっと手合わせ出来たのに」
「仕方ないでしょ。決着がつかなかったんだから」
隣ではくみ上げた井戸水で顔を洗っている。
結局、二人の試合はなかなか勝敗がつかず引き分けという事で収められてしまったのだ。まあ普通、あれほど長い間打ち合う事もないだろう。お陰ではまだ腕が痺れている。遠慮無くやってくれたものだなと隣で「悔しい」と連発する男を睨み上げた。
「それにしても、君、本当に強いんだね」
「……それは素直な褒め言葉で?」
「一応褒めてるつもりだけど、何か不服?」
一応女の子なので強いという一言はともすれば嫌味ではないだろうか。そんな事を考えてしまう。相手が沖田だからだろう。
とりあえず褒められているようなので、ありがとうございますとお礼だけは言っておいた。
「君さ、たまに道場においでよ」
濡れた身体を拭いながら彼が言う。どういう意味だと顔を向けると、
「それだけ強いのに、部屋にこもりっきりなんて勿体ないし」
なんて今までならば絶対にあり得なかった言葉まで掛けてくれた。
むしろ存在が迷惑と言わんばかりだったのに。
「僕が鍛えてあげるよ?」
またにぃっと意地悪く口元が歪まなければ即答をしていただろう。その意地悪な笑みを見るともしやまた憂さ晴らしに付き合わされるのではなかろうかという不安が過ぎる。だがまあそれは悪い話ではない。少なくとも、彼と手合わせした事でほんの少し……彼の雰囲気が柔らかくなった気がするからだ。
それに、
「……鍛えて貰ったら、人も斬れるようになりますか?」
「え……?」
の小さな呟きに沖田は目を瞬かせる。
人を斬れるようになる? それは一体どういう事なんだろうか?
見下ろす少女は地面をじっと見つめたまま唇を噛みしめていた。
確かに、は戦える。新選組でも一、二を争う凄腕剣士と打ち合っても負けない程の腕っ節を持っている。でも、それだけでは意味がない。ただ木刀を振るえるだけでは意味がないのだ。
人を斬る事が出来なければこの世界では生きてはいけないし、人を斬る事が出来ればもう誰かが自分の代わりに傷つくと言う事もないだろう。
「人を、殺したいの?」
そんなに残酷な言葉を沖田は投げかけた。
人を殺したいのかと。
見上げれば翡翠の瞳には微塵の迷いもない。恐れも後悔もない。ただ真っ直ぐだった。まるで彼の剣のように真っ直ぐで強い。
きっと彼は人を殺める事になんら罪悪も疑問も抱いていないのだろう。それがある種、とてつもなく潔くさえ感じた。
「人を、殺したい?」
沖田は再度問うた。
琥珀をじっと見つめて、殺したいのかと。
その瞳は一度だけ迷うように揺れる。決して『』は見せない色だ。彼女には迷いなど一つもない。人を殺める事に迷いなどない強い人だから。そして同時に人の命を殺める事に疑問も抱けない、壊れた人でもある。でも、目の前の少女は違う。他者の命を奪う事を恐れている。それが普通だ。だから責めない。でも、それでは生きてはいけない……この新選組では。
「――」
その瞳が、静かに閉ざされた。
まるで強い視線から逃げるように。人殺しという罪から目を背けるように。
ああ、やっぱりこの子は……沖田は諦めに似た色を浮かべた。
次の瞬間、
その瞳は驚く程強い色を湛えて姿を現した。
揺るぎない鋼の意志を持ったそれだ。
きっと何人も、その意志をねじ曲げる事など出来ない。強く、そして純粋な瞳。
「私には、それくらいしか出来ない」
は、静かに言葉を紡ぐ。
この世界ののようにはなれない。彼女のように仲間達に信頼され、重要な仕事を任されるなんて事は恐らくないだろう。
でも、剣になる事くらいは出来る。
戦って、誰かを守る事くらいは。
否、
「剣にしか、私は成れない」
汚れを知らない瞳に、飢えた獣のような赤が滲む。
ぞくりと男の背筋を震えが走った。その目は……彼女と初めて会った時に見たものと似ていた。いや、そっくりだった。
そして、自分のそれとも同じ。
嗚呼。
思わず、喉を震わせて哄笑をあげたくなる。
どうしてこんなにも違うのに、彼女は同じなのだろうかと。
姿形が似ていれば考え方も似るものなのだろうか。
そんな事はどうだっていい。
ただ彼女の中にも獣が在る事が、彼にとってはなにより喜ばしかった。
「気に入ったよ」
沖田は薄らと笑みを浮かべて一つ確かに頷く。
そうして緩やかにとの距離を詰めるとその大きな手を差し出して、こう告げた。
「僕が、君を立派な剣士にしてあげるよ」
あのと同じくらい。
強く、そして残酷な人殺しにしてあげよう。
自分と同じ、ただ彼者の為に戦う剣に。
「おいで――」
彼は静かに、呼んだ。
「」
自分を初めて、彼女と同じ名前で。
|