「、ちょっとついてこい。」

  そう鬼の副長に無言で腕を引かれてやってきたのは、近藤の別宅だった。

  普段、人を招くために使われることの多いその邸は、人が住んでいない。

  時々、掃除の為に人が来る事があるらしいが‥‥ほとんど人の出入りはなかった。

  「土方さん?」
  こんな所に何のようなのだろうかと声を掛けると、広間にやってきて漸くその手を離された。
  そうして、どっかと彼はその場に腰を下ろすと、

  「今日はホワイトデーだ。」

  と突然切り出した。

  ホワイトデー。
  ああそういえば聞いた覚えがある。
  バレンタインデーと対になる、こちらは男が女に贈り物をするという行事だった気がする。
  豆知識によるとホワイトデーは三杯返しが習わしらしい。

  「‥‥それがどうしたんですか?」

  は自分には関係ないとでも思っているのだろう。
  口からもれた一言に土方はやっぱりなと苦笑を漏らし、

  「ってことで、今日はおまえの言う事をなんでも聞いてやろうと思う。」

  と鬼の副長は言ってのけたのである。

  これにはもぽかん、と口を開けた。

  「ほ、本気ですか?」
  「おお、本気だ。
  何でもいいぜ?」
  何でも聞いてやる、と言われてもは困ってしまう。
  いやだって、
  「無謀なお願いとかだったらどうするんですか?」
  総司ならば確実に、
  豊玉発句集を大声で朗読‥‥である。
  いや、あるいは女装で京を一周とか?
  他にも給金をあげろ、とか、仕事を休ませろ、とか、酒を飲め、とか、無茶な願いなんて山ほどあるというのに。

  「なぁに、おまえはんな無茶苦茶は言わねえのは分かってる。」
  にやりと口元を歪めて彼は言った。
  なんだそれは、牽制のつもりか‥‥
  は内心で無茶を言って困らせてやれば良かったと呟いた。
  なんだかこちらの行動を読まれているのが癪である。

  むぅ、と唇を尖らせ、彼が嫌がりそうな事は何かあるだとうかと考えていると、

  「‥‥おまえは普段っから我が儘一つ言わねえからな‥‥」
  こういう時くらいはいいだろ、
  なんて優しい表情で言われてしまい、

  「〜〜っ」

  完敗である。

  はああもう、と顔を手で覆い、溜息を一つ、零した。

  「どうした?なんかねえのか?」

  「‥‥‥」
  ちろ、とは男を見遣る。
  してほしいこと。
  いざ言われるととても困った。
  これまであまりしてほしい事を考えた事がなかったから。
  だって、
  言わなくても彼はくれたから。

  「なんでもいいぞ。」

  でも、そう言ってもらえると何か望んでみたくなる。

  はしばし考えて、それじゃ、と口を開いた。

  「‥‥近くに行っても、いいですか?」

  その可愛らしいお願いとやらに、ぷっと土方は噴き出してしまう。

  「そいつは願い‥‥じゃなく、質問だろう?」
  「そ、そういえば。」

  近くに来て、ではなく、行っても良いか?は、質問だ。
  それにそんなものはお願いにしなくても彼女には許される特権だ。

  「いいよ。」

  それでも、彼女が願うのならば、それもお願い‥‥

  「来い。」

  苦笑を浮かべておいでおいでと手招きされ、

  「‥‥」

  は静かに腰を上げた。

  招かれるままに彼の前にちょこんと腰を下ろすと、これまたくっと喉を震わせて笑われた。

  「なんで笑うの?」
  「それ、近くって言わねえだろう。」
  「え‥‥?」

  二人の間には、もう一人‥‥人が入れるくらいの間隔がある。
  いつも夜、彼の元に報告しに来るのと同じ間隔だ。

  「ほら、もっとこっち。」

  くいっと腕を軽く引かれ、ぽすんと彼の胸に寄りかかる。

  その途端、土方が纏う微かな甘さが残る香のかおりが彼女を包み込んだ。
  そして、彼の体温が。

  「‥‥土方さんだぁ‥‥」

  それだけで、ひどく満たされた気分になる‥‥と言ったら、彼は無欲だと笑うだろうか。

  「あとは‥‥?」

  「‥‥抱きしめてください。」

  お安い御用だと彼は言い、逞しい両腕で優しく抱きしめてくれる。
  そうしながらそっと髪の毛を撫でられるともうそれだけで幸せいっぱいだ。

  「土方さん。」
  「うん?」
  「好きです。」

  うっとりと目を瞑ったまま、はさらりと愛の言葉を紡ぐ。
  言葉を受け、一瞬面食らったような顔になり、

  「そいつは、俺にも言って欲しいって意味か?」

  と意地悪く聞いてきた。

  別にそういう意味ではなかったのだが‥‥

  「‥‥言ってくれます?」

  上目遣いに見上げると、土方は困ったように笑った。
  そういう顔は、ずるい。
  勿論、何でも言う事を聞いてあげるつもりではあるけれど‥‥そんな顔をされて嫌だと言えるわけがない。

  「‥‥好きだ。」

  そっと優しく頬を包み込んで、視線をしっかりと合わせると思ったよりも甘い音でその言葉が出た。

  「おまえが、好きだ。」

  きゅん、とその言葉で胸の奥が締め付けられた。

  この感情は切ないという感情。

  「っ」

  とても幸せなのにどうして切なくなるのだろう。
  嬉しいのに何故こんなに涙が出そうになるのだろう。
  満たされるはずなのに‥‥どうして‥‥

  もっと彼の愛が欲しくなるのだろう?

  は分からなかった。

  「‥‥っ‥‥」

  でも、気がついたら、
  まるで引き寄せられるかのように、彼の唇を奪っていた。

  決して荒々しくはない、触れるだけの口づけだった。
  でも、触れた所から溶けて一つになってしまいそうな、
  そんな錯覚に陥る。

  すき。

  は音にならない想いをこの口づけで伝えるかのように、
  優しく、
  熱く、
  求めるように、
  触れる。

  好き。
  大好き。
  愛してる。
  あなた一人を、
  世界の誰よりも、
  愛して、止まない。

  「‥‥」

  それを、男は狂しくなるほどに感じた。
  そぅっと双眸は細められ、苦しそうな表情になる。
  彼もまた、胸を締め付けられる想いだった。

  苦しくて‥‥切なくて‥‥

  彼女を誰よりも愛してあげたくて、堪らなくなる。

  「‥‥は‥‥」

  もどかしいような優しい口づけが、ゆっくりと離れた。
  互いの唇が離れると、同じ瞬間にお互いの瞳が開かれる。
  深くもない口づけだったというのに、その双眸は熱で潤んでいた。
  「‥‥」
  男の唇が動いて、自分の名を呼ぶ。
  それだけですごく嬉しくて‥‥愛しい。
  もう一度呼んで欲しくなるし、触れたくもなる。
  でも、突然なんて不躾すぎただろうか?
  男は驚いている。
  「‥‥ごめん‥‥なさい。」
  突然、こんな事をして‥‥と恥じ入るように視線を一度、落とし、それからもう一度上目遣いにこちらを見上げてくる。
  それだけで男は劣情を煽られて堪らない。

  「‥‥なんで、謝る?」
  それを誤魔化すみたいに苦笑を漏らした。

  「‥‥今日はおまえがしたいことを何でも聞いてやるって言っただろ?」
  謝る必要なんてない。
  そう言いながら、そっと柔らかな頬を撫でる。
  撫でて‥‥と言われたわけではないが、撫でて欲しそうだったと自分の中で言い訳をすれば、彼女は案の定とろんと気持ち
  よさそうな顔になる。

  ああくそ‥‥滅茶苦茶にしてやりてえ‥‥

  そんな無防備に、そんな可愛い顔をされては男は堪らない。
  欲望のままに口づけて、とろとろに蕩けさせて、深く繋がって、一緒に高みに昇りたい。
  などと思ってはみたが、今日は彼女の為‥‥という名目だ。
  自分勝手に彼女を奪うわけにはいかない。
  今日はもしかしたら忍耐力というのを試されるかも知れない。
  自分から仕掛けた事だが、最後まで保つか‥‥多少心配である。

  「もう一回‥‥してもいいですか?」

  なんて考えていたらのっけから、こちらの決心とやらをぐらつかせるようなお願いをされた。

  いいよ。

  と答えた自分の声が、掠れて震えていたのに気付いて‥‥なんだか情けなくて笑いたくなる。

  「‥‥‥」

  そっとぬくもりが再び近付いたかと思うと、
  柔らかな唇が触れた。

  「‥‥」

  瞳を閉ざして、神経をその柔らかな唇へと集中させた。
  身体の中で血が暴れ回っているのが分かった。

  今度は一度触れて、少し離れて、また、合わされる。

  そっと、男は太股に微かな重みを感じた。

  かと思うと、重みは増し、しっかりと太股に布越しの彼女の身体を感じる。

  が上に乗っているのだ。

  ぎゅっと拳を握りしめた。

  抱きてえ‥‥

  心の底から叫びたくなるような男の衝動を、必死で押さえつける。

  「‥‥」

  そして、合わせていた唇が離れた。
  だが、完全に離れる前に唇が少し下にずれ、

  「っ」

  下唇を、やわやわと柔らかな唇で喰まれる。

  それは‥‥が情交を求めるときにする癖だった。

  瞳を見開いて女の表情を見れば、それが無意識ではない事が分かった。
  彼女の瞳は、女の欲を湛えていた。

  「‥‥抱いて、いいのか?」

  男は問うた。
  その瞳に確かな情欲を灯して、

  「抱いて‥‥いいのか?」

  訊ねた。

  我ながら余裕がないと思う。
  彼女に関してはいつだって余裕がない。
  だって、初めてどうしようもないくらいに惚れた女だから。

  「‥‥いい、のか?」

  頼りなげな問いかけに、彼女は迷わずに、

  「はい。」

  頷いた。

  まるで飛び込んでおいでと言わんばかりに手を広げて、

  「土方さんの愛を‥‥私にください。」

  この日初めて、愛が欲しいとお願いをしてきた彼女は、本当に、狡いくらいに可愛いと男は思った。



  しゅる、と衣擦れの音が響いている。
  もったいぶるような速度で、彼はそれを解いていた。

  「なんか‥‥こういうの新鮮ですよね。」

  ふふ、とは笑う。
  なにが?と視線を上げればすぐに互いの視線がぶつかるのは、近い場所にあるからだろう。

  「こういう風にゆっくりと‥‥」
  「脱がされるのが?」

  にや、と意地悪く言葉の先を言われ、は馬鹿、と呟く。

  だが確かに彼の言うとおり、こういう風にゆっくりと衣を剥がれるのは初めてな気がする。
  一枚ずつ羽織を、着物を、穿き物を脱がされ、胸を覆っているサラシを解かれる。
  いつもなら強引に引きちぎる勢いではぎ取られるというのに、今日はわざわざ一巻き一巻き、ゆっくりとした手つきで解い
  ていくのだ。

  ちょっとだけ、焦れったい‥‥と言えば、そうなのかもしれないが、そんな風にゆっくりとされるのも悪くはなかった。
  なんだか、大切にされているようで。

  ただ、
  「土方さんが全く脱いでないってのは癪だけど。」
  軽く腕を上げた状態では唇を尖らせた。
  もうほとんど裸になっている彼女に比べて、男はしっかりと着物を着込んだ状態だったのだ。

  「俺は後で脱ぐから安心しろ。」
  それより、
  「ほら、解けた。」
  はらり、とサラシが地に舞い落ちる。
  さながらどこぞの昔話の羽衣のようにそれが暴かれれば、下には白桃を思わせる柔らかい膨らみが待っていた。
  「‥‥」
  みずみずしく大きなそれは、かぶりついたら甘い果汁が溢れてきそうである。
  「‥‥だめ。」
  早速かぶりつこうとしたら、に手で隠されてしまった。
  なんだよ、意地悪だなと男は苦笑し、
  「それじゃ‥‥こっちから戴くとするか。」
  唇という赤い果実に噛みつき、深く、舌を絡める。
  「んっ」
  息苦しさに、逃れるように身体が浮いた。
  思わず中腰になるけれど、男の逞しい腕が腰に絡みついて逃がさない。

  「ふはっ‥‥ひじっ‥‥」

  息継ぎのために一度唇を解放してやり、また、深く、唇を貪る。

  唇も、舌も、唾液も、
  全部が、甘かった。

  「‥‥はっ‥‥」

  深い口づけから解放されるとは喉を晒して大きく喘いだ。
  その隙にするりと細くしなやかな首をねっとりと舐めながら、目的の場所へと唇を滑らせた。

  「到着。」

  ちろ、と舌先が胸の先端を擽るように触れた。

  「っ」

  ねっとりとした感触に背中がぞわぞわする。

  男は凝った先端に軽く吸い付きながらもう片方を指でこね始めた。
  下から持ち上げるようにして指を柔肉へと押しつける。
  まるで吸い付くように、彼女の胸は指へと反応を返してくれた。

  「おまえの胸‥‥吸い付いて離れねえ。」

  気持ちよすぎると、どこかうっとりとした表情で言われて、は一気に恥ずかしくなった。

  「す、すけべぇ‥‥」

  照れ隠しにえいっと髪の毛を引っ張ってやる。
  いて、と小さな抗議の声が漏れたが、振り払われる事はなかった。
  その代わりに、

  ちぅう、

  「あぅっ」

  弱い方の乳房を思い切り吸われてしまった。
  そして反対の乳首をきゅうっと些か強く摘まれて、強い痺れが背中を駆け上がる。

  「気持ちいいか?」
  「んっ」

  答えはない。
  ただ、男の髪を撫でる手に少しだけ力が込められた。
  まるで強請るように‥‥

  「‥‥もっと気持ちよくしてやるからな。」

  男は女の胸の谷間に顔を埋め、そろ、と背中を支えていた手を下へと伸ばす。

  唯一残る頼りなげな白い布地から手を差し込み丸みを帯びた尻を軽く揉んで‥‥そこから更に奥、へと手を忍ばせ、

  「ふぁっ」

  くちゅと濡れた感触が指に触れた。
  瞬間、彼女の身体が大きく震え、驚きに目が見開かれる。

  「ちょ、どこからっ‥‥」

  後ろから回された手が、濡れた自分の入り口を撫でていた。
  ぬるりときちんとその場所が湿っているのを確認すると、やがて、

  「あ、あっ」

  指の先がくちゅっと胎内に埋められる。

  それだけでびりびりと頭のてっぺんまで痺れが走り、やがてすぐに疼きが奥から溢れてきた。

  「んっ、っふ‥‥」

  きゅっとしがみつくように胸に埋められた男の頭を抱く。

  「俺を窒息させる気か?」
  そんなにきつく抱いてと彼は冗談めかして訊ねた。
  その吐息が肌の上を滑るのさえ‥‥ひどく、感じる。

  「あ、んんっ‥‥」

  くちゅ、くちゅ、と彼の指が動くたびに濡れた音が溢れる。
  あっという間に指が二本、簡単に入るくらいに解された。
  そうしながら、脚の付け根をゆるゆると撫でられるのが堪らなく‥‥気持ちいい。

  「ひじ、か‥‥っ」

  ああ、と切なく啼きながら、は男の名を呼んだ。
  そうすると応えるように指が更に奥へと埋められる。
  そしてまた一際高い声を上げ、はもう一度男を、呼ぶ。

  「このまま指でしてほしいか?
  それとも‥‥」

  ちろと、谷間をざらついた舌で舐る。
  途端に蘇るのは、男にそこを舐められたという恥ずかしい記憶と、おぞましい快感。
  きゅうと縋るように入り口が窄められた。

  「や、舌は‥‥やだっ‥‥」
  は首を振った。
  「良くなかったか?」
  と、問われれば答えに困る。
  確かに気持ちは良かった。
  ただ‥‥どうしてもそんな所を舐められているという羞恥心の方が勝ってしまう。
  いや、と涙目で訴える彼女をねじ伏せて、無理矢理舌で責め、恥辱にもだえる姿を見たくなった。
  が、
  それは次の機会にしておこう。
  だって今日は、

  「ホワイトデーだったな。」

  彼女の望みを叶えてあげる日だ。

  「どうして欲しい?
  今日はいくらでも我が儘聞いてやる。」

  些か上擦った声で誘うように囁く。
  肌の上を熱い吐息が滑り、は溜息みたいな声を漏らした。
  その間も休むことなく、指は胎内を行き来している。
  まるで‥‥早く入りたいとでもいうかのように。

  はそっと目を細めて男を見下ろした。
  いつもとは違う自分よりも低いところにあるその唇に、甘えるように口づけを落として、

  「土方さん‥‥」

  舌を絡めながら名を呼んだ。
  それだけで、彼には伝わる。

  ああ‥‥と熱い吐息が二人の間で絡んだ。
  そうして与えられるのは‥‥狂ってしまいたいほどの快楽と、何よりも甘い‥‥時間。



  ほんの一時、深い眠りに落ちていた。
  僅かに身体に残る快楽の余韻が、程良い眠りへと誘ったようである。
  ふと微睡みから覚めれば、衣擦れの音がした。
  ぼやける視界に、男の広い背中が映り込む。

  彼は随分と前に目を覚ましてしまったようだ。
  布団の上に腰を下ろし、襦袢を気怠げに引き寄せて、羽織ろうとしていた。

  「‥‥」

  繊細な顔立ちから、どこか線の細さを印象づける彼ではあったが‥‥やはり武人。
  肌は女も羨むくらい白い癖に無駄な肉はなく‥‥程良く引き締まっていた。
  だが、その美しい肌には大小、様々な傷が刻まれている。
  それは‥‥彼が今まで何度も戦禍をくぐり抜けてきた‥‥証拠であった。
  それでも背中には傷は一つもない。
  後ろ傷は切腹‥‥と決めたの彼は、いついかなる時にも敵に背を向けることはなかった。
  だから、背中には傷は一つもない。

  ただ‥‥一つを除いて。

  「‥‥ん?」

  背中にくっきりと残る三日月の傷跡。
  蚯蚓腫れになっているそれに、触れるものがある。
  なんだと土方が振り返ればであった。

  「悪い、起こしたか?」

  先ほどまで気持ちよさそうに眠っていたのに‥‥気配に気付いて起こしてしまったらしい。
  悪いと謝れば彼女は首を振った。

  「‥‥なんだ?」

  伸ばした手が自分の背中に触れている。
  どうかしたかと訊ねるとはそっと、照れたように目元を細めて笑った。

  「これも、後ろ傷?」

  がなぞった赤い傷跡は、彼女がつけたものだ。
  快楽の波に流されまいと必死で爪をたててしがみついた痕。
  一際濃く残る傷跡は‥‥きっと彼女が果てた瞬間のもの。

  後ろ傷。

  と言われて土方は苦笑した。
  そう言われればそうかもしれないが‥‥

  「でも、俺はおまえに背を向けてつけられたわけじゃねえからな。」

  逃げずに真正面から向かった結果、つけられたものだと男は言う。

  なるほど、確かにその通りだ。
  自分がその傷をつけるときはいつだって彼は自分と向かい合っている。
  というか、が背を向けることはあっても、彼が背を向けることは無理というものだ。

  「‥‥大丈夫か?」

  土方は心配そうな顔での頭をそっと撫でる。
  決まって情事の後に、彼は彼女の身体を案じてくれた。
  どれだけ甘やかしても、激しくしても、いつも、抱いた後は優しい。
  それがとてつもなく大切にされてる気分になって‥‥ちょっとだけ‥‥照れる。
  荒事には慣れているから。

  「平気。」

  はこくっと頷いた。
  そうかと男は微笑を浮かべて、手を引いた。

  あ。と何だか残念そうな声が漏れたのは‥‥もっと触れていて欲しかったから。

  屯所に戻ればいつもの、副長とその助勤に戻る。
  そうすれば肌を合わせることは愚か、口づけることも、触れることも出来ない。
  勿論愛の言葉を囁くことも、だ。

  「‥‥ね、土方さん。」

  もう少し。
  ほんの少しで良いから。
  触れていたい。
  そう願うのは、寂しかったせいと‥‥愛しかったせい。

  そっと襖の向こうを見るともう空は茜色に染まっていた。

  「もう、帰らないと駄目?」

  こちらを見上げてかたりと小首を傾げる。
  そのらしくもない幼い仕草に、男心は擽られた。

  「駄目って事はねえが‥‥」

  微苦笑でどうしたと訊ねれば、は続けて訊ねてきた。

  「‥‥今日は、ホワイトデーなんですよね?」

  そう。
  今日はホワイトデー。

  「なんでも私の言うこと、聞いてくれるんですよね?」

  そうだ。

  男が頷けば、女はまるで悪戯でも仕掛けるみたいに目を細めて笑って、

  「じゃあ‥‥もう少しだけ‥‥あなたを独占してもいいですか?」

  口から零れるのは、なんて可愛らしいお強請りだろうか。
  無欲な彼女の‥‥珍しい我が儘。

  それに、男の答えは決まっていた。

  ぱさりと手にしていた衣を放り投げると、身体をくるりと反転させて、覆い被さる。
  そうして甘えたような琥珀を真っ直ぐに見つめて、
  「ああ」
  優しく頷いて、口づけを落とす。


  「でも悪いが‥‥次は優しくしてやれそうにねえぞ。」
  いつしか激しくなる口づけの最中に彼は言った。
  女から呼吸と理性を奪い、熱と快楽を与えながら言った。
  「今度は‥‥俺の好きにさせて貰う。」
  紫紺の瞳は再び男の欲を孕ませた。

  はそれを真っ直ぐに見つめ返して、緩やかに笑う。

  「いいですよ。」
  彼の首に腕を絡ませて、しっかりと抱きついた。
  熱く柔らかい肌が触れて‥‥男の理性は蝕まれていく。
  更に煽るように、
  は言った。

  「嫌なら抵抗しますから。」

  はっきりと先に抵抗する気があるのだと宣言した。
  そうして、琥珀の瞳を細めて笑った。

  「抵抗されるの、好きでしょ?」

  違いない。
  男は内心で応えて、そっと柔らかな肉へと欲を叩きつけるのだった。


Sweet
Sweetホワイトデー



土方さんをゲロ甘にしたかった‥‥