「あけましておめでとうございます、土方さん」
「………お前、何だそれ」







酔い初めの朝をあなたと





「いや、何だそれって言われましても、いわゆる振り袖という奴ですが」
 新年早々土方さんの眉間の皺は絶好調だ。この場合は絶不調なのだろうか、眉間をいたわろうぜ的な意味で。しかしなまはげも視線だけで殺せそうな…。
「…何でその振り袖をお前が着てんだ」
「近藤さんがくれたんですよ。新年だから着とけって」
 立場上、これを着たままフラフラすることはできないから、この広間の中でだけって事にはなってるけど。おまけに私としては女の着物は動きづらいからあんまり好きじゃなかったりするんだけど。
 近藤さんにくっついて京に来るまではいつもこっちの服ばかり着て立って言うのに、今は着辛いっていうんだから変な話だ。
 でも近藤さんに頼まれると断り辛いし。他の幹部も妙に悪乗りしちゃって押し切られちゃったし。
 断り切れずに着て、それから宴会が始まってしばらくした頃に、ようやく土方さんが仕事に蹴りを付けて広間に出てきたという訳だ。
「いいじゃないかトシ、新年くらいは本来の格好をしたって。には普段は我慢してもらって、男の格好をさせているのだから」
 我慢というような我慢はしてない。けどまあ近藤さんの心遣いを無視することなんてできるはずもなく、にこりと笑っておいた。多分引きつってたと思うけど。
 土方さんは何が気に入らないのか、不満がありありと顔に出ているおっかない表情のまま、いつもの定位置である近藤さんの隣に収まった。
 お酒もあるけど、あの人は飲まないだろう。一応お酌とかした方がいいのかなと思ってたけど、あの雰囲気じゃ怖くて近寄れねえ。
 どうしようかと思っていると、左之さんに捕まった。
「お前のそういう格好、そういや久々に見たよなあ」
 大きな手で遠慮なくぐりぐりと頭を撫でてくる。
 髪の毛を結うと解くのにも時間がかかってしまうから、右側に簡単にまとめて垂らしただけだ。だから乱れる心配はないけどこの人、さっきからずっと人の頭を触ってるんですが。高さ的に手を置くのに丁度いいのかもしれないが、私はあんたの脇息ではないと。
 そろそろ離してくれませんかね、と言おうとしたら、総司に腕を引っ張られた。
「なんかそういう格好すると、途端に小柄に見えるから不思議だよね」
「ほほう…、普段はでかく見えるということかね…?」
「だって普段の、女の子にしちゃ威圧感がすごすぎるし」
 威圧感とかお前、それを年頃の女の子に言うか。
 いや年頃の女の子という生き物は、刀を振り回したり裾振り乱して走ったりとかはしないだろうけれど。
「ほら、ここ座りなよ。も飲むでしょ?」
 そりゃあ折角の新年なわけだし。近藤さんがいいお酒を手配してくれたから、飲む気満々でいるのはそうだ。
 だからって何故当然のように総司の隣に席が確保されてんだ。こいつ飲むことに集中させてくれないから嫌なんだよ…。
「おい、ずるいぞ総司、一人占めすんなって」
「ちょっ、新八っつぁん何故隣に座る! お前ら二人図体でかいんだから挟まれると暑苦しいんだよ!」
 なんで新年早々筋肉の壁に挟まれねばならない!
 逃げようとしたらまた頭に手を置かれる。振り向かなくても分かる、ぽんぽんぽんぽん人の頭撫でてくるのは左之さんだ。
「んじゃあ俺の隣に来るか?」
「残念ながら左之さんじゃ解決にならないんだ…」
 むしろ筋肉という意味では変わらないんだ…。
 暑苦しいのは勘弁してほしいと思いながら部屋に視線を走らせる。
 にこにこしてる近藤さんに、相変わらずなまはげを視線だけで殺せそうな…というか、既に二、三人は殺してそうな土方さん、その隣でこっちを見ない一君がいて、それから平助も俯いてずっと酒ばっかり飲んでいた。
 あの辺巻き込まれてなくてずるい。
 なんとか謎の筋肉壁の中から抜け出して、用意して置いた箱を取り出す。
「平助、これやろうよ、これ!」
 一番年の近い彼に寄って行って箱を開けた。中身は百人一首だ。
「え、っ、いや、だってお前、そんな格好で…」
「格好は別に関係なくないか…? というかさっきからなんで斜め見て話すの? なんかある?」
 視線の先を辿ってみても何もない。平助霊感とかそういうのある人だったっけか。
 怖いから追求しないようにして、とりあえず百人一首を並べた。彼の意見なんてお構いなしだけど、戸惑いつつも位置には付いてくれる。
「何? 百人一首やるの?」
「うん。総司もやる?」
がやるならやろうかな」
 杯を片手に総司が隣に来た。二人で組むなら平助の方も誰かいないと不公平だ。
 明後日の方向を向いてひたすらお酒を飲んでる一君に手招きしてみる。
「一君もやらない?」
「…いや、俺は」
 一瞬こっちを見ようとして、それからまたさっと視線を逸らされてしまった。挙動不審すぎる。
 しばらく待ってみたけど返事がないから、諦めて他の人に声を掛けようとしたら、ようやく動いて平助の隣に座った。
 二人とも俯いて札ばかり眺めている。気合十分…、なの…か…?
 近藤さんに読み人を頼んで、襷掛けをして袖をまとめる。平助にも一君にも、試合じゃなかなか勝てないけど、百人一首でなら勝てる気がする。いくら二人がやる気満々でも負けたりはしない、絶対にだ。そして左之さんと新八っつぁんは勝敗を勝手に賭けの対象にしてんじゃねえぞ。
 こう見えて百人一首は得意なのだ。さあ来い、どっからでも来い。
「えー、準備はいいかね?」
「はい! もういつでも!」
 札の方に身を乗り出すと、向かい合っていた一君が逆に体を引いた。
 身構えないとは余裕だな…! その余裕が仇にならにならないことを祈れ!
「名にし――……」
「はいっ!!」
 高らかに叫んで、一番遠い平助の前の札に手を伸ばす。
 身を乗り出しただけじゃ足りなくて、ついついいつものように足が前に出た。
 望みの札は押さえられたけど、袴の時と同じノリで足を出してしまったもんだから、ものの見事に裾が乱れてしまう。
 いくら私が女らしくないとはいえ、これは流石に恥ずかしかったかもしれない。足袋の上から膝当たりが丸見えだ。
 妙な沈黙に満ちている部屋の中で、平静を装いつつ札を手元に引き寄せて、何事もなかったように裾を整えた。
「さ、続き続き!」
「まだやんのか!? お前っ、馬鹿! やっぱりダメだ、そんな格好で!」
 何故か平助に猛烈に止められる。
 一君も耳まで真っ赤になってるけど、いや足とかいつも普通に見えてんじゃんか。何を今更という気になるのですが。
 やはり女の着物を着てると足見えたりとか駄目なんだろうか。
「んじゃあ着替えてくるよ。それでいいでしょ?」
「何言ってるの? 駄目に決まってるじゃない」
「そうだそうだ、酌してもらうまで着替えさすわけにはいかねえんだよ」
「おう、着替えるんなら百人一首やめて酌しに来い」
 妥協案を出したつもりだったのに、今度は総司と新八っつぁんと左之さんが止めてくる。
 じゃあどうしろってんだ。大人しく可愛く百人一首しろってか。無理だろ、勝てないだろ。
 相手は平助と一君なんだぞ…!
「そ、総司がやる気出してくれなきゃ勝てない!」
 百人一首をやってるんだっていうのに、杯を手から離さずに勝手にやってれば状態な彼の方を向いた。
「んー…、やる気ねえ。勝っても何の利点もないしなあ…」
「勝利の快感に酔えるじゃん! 新年早々縁起いいじゃん!」
「別に平助と一君に百人一首で勝ったくらいで、勝利の快感って、ねえ」
「勝ったらお酒奢るからー!」
「お酒は別にいらない」
 にっこり、と総司が笑う。
 おかしいな、無邪気な笑みのはずなのに言いようのない邪気を感じるんだが。どういうことなの。
「その代わり、今日の夜はを独占させてくれる? その格好で」
「それはなんだ…、奉仕活動をしろとかそういうことか…。しかも敢えて動きづらい格好でとかお前どんな鬼だよ…」
 総司の奴は否定しない。何をさせられるか考えると怖ろしいけど、背は腹に代えられない。
 勝っても私には何の利点もないわけだけど! でも百人一首くらい勝ちたい…!
「わ、わかった、いいよ、奉仕活動でもなんでもやるよ!」
「お、なんだなんだ? 勝ったら一人占めか? なら俺も参加するぜ」
「俺も俺も」
「なんっっっでだよ!!」
 何故か左之さんと新八っつぁんが乱入してくる。新八っつぁんは平助組で、左之さんは私の組に加わった。
 なんか勝手に賞品にされてるんですけど。なんだお前ら、そんなに私に奉仕活動させたいか。冗談じゃない。
「ぜ、絶対勝つ…! 負けんぞ…!」
「でもこう人数が増えると、組よりも個人戦にした方がいいかもねえ」
「えええ!!?」
 総司の突然の意見に思わず悲鳴を上げる。
 それって私圧倒的に不利じゃね!? もうすでにこの時点で負けが確定した気がす……、い、いやいや、負けん。まだ負けんぞ…!
「そうだな、その方が誰が勝ったか分かりやすいしな」
「そ、そんなん駄目だろ! が可哀そうじゃん!」
 乗り気な左之さんに平助が反論してくれる。ありがとう、私の味方はお前だけかもしれん。
 平助の隣で身構えている新八っつぁんが楽しそうに笑いながら言った。
「だったらお前が勝って、に何にも命令しなきゃいいんだろ」
「え? いつから命令とかそういう話に?」
「…む、そうか」
「一君までか!」
 何故か参加者全員闘志メラメラだ。どうしてこうなった。
 みんなそんなに私に奉仕活動させたいのか。この野郎、そういうのは普段着の時に言え。折角近藤さんに貰ったのに、振り袖が汚れたらどうしてくれるんだ。
「これは勝たざるをえない…! ちょっ、近藤さん私を応援してくださいね!」
「うむ。勿論だとも! では読み上げるぞ、白露に――……」
「はぁいっ!!」
 裾の乱れなんて気にかけるような余裕もなく、また脚を踏み出す。
 それに新八っつぁんと平助と一君が動きを止めた。その隙に札を取ろうとするけど、先に総司に押さえられてしまう。
「あー!!」
「はい、残念」
「や、やはりその格好で百人一首は問題があるのではないか?」
 ぎこちなく目を逸らしながら一君が言った。ですよね! 私も動きやすい方が勝てると思う!
「折角めかしこんだのにすぐに脱ぐなんて、勿体なすぎるだろ」
「左之さん私が負ければいいと思ってるんだな!?」
「そりゃあ勝ちてえしな」
「そんなに私に奉仕活動させたいか…! 部屋の掃除か草抜きか、はたまたは新たな技の実験台か!!?」
 叫んだ瞬間、バン! とすごい音がした。
 ぎょっとして皆の視線が音のした先に集中する。

 そこには、なんというか、般若がいた。

 いや、顔は見えないんだ。俯いてるし前髪で隠れてるから。でも背後に雷雲背負ってるううううう! 新年早々お怒りか!?
 音の原因は、土方さんの拳が板の間にめりこんだ音だった。よく穴があかなかったものだ。ちょっと凹んでる気はするけど。
「と、トシ…?」
 急なお怒りの原因は近藤さんにも分からないのか、おろおろと土方さんの様子をうかがっている。
 皆動いたら何が起きるか分からないとばかりに固まっていた。私も勿論例外ではない。百人一首とかどっかにすっ飛んだ。
 誰が説教をされるのかと全員が固唾を呑んだ瞬間、土方さんが地を這うような低い声で言った。
「おい、
 わ、私かあああああああ!!!
「ちょっとこっち来い」
 ひ、土方さん顔上げてえええせめて今どんな顔してるのか教えてええええ見えないから余計に怖い超怖い!
 久々のマジギレに怖くて動けずにいたら、痺れを切らしたらしい彼が立ち上がってこちらに歩み寄ってくる。百人一首の札とか全部無視だ。踏みつけて私の目の前まで来ると、強引に腕を掴んだ。引きずるように立たされて、視線で他の人に助けを求めたけど見事に目を逸らされる。う、裏切り者どもめが!

 土方さんに引きずられたまま、広間を出る。
 私って一応、この格好で広間から出ちゃいけないことになってたんじゃないっけ? と思ったけど、誰も土方さんを止めてくれなかった。





 ほぼ投げ込まれる様な形で部屋に押し込まれる。
 っつーか痛っ! なんて乱暴な!
 いつもじゃないような扱いに目を白黒させつつ、動きにくい装いだったせいで畳に膝を付いてしまう。
 な、なんかそんな怒られなきゃならないようなことしたかなあ…! 私、お正月を楽しんでただけだと思うんだけど。
 小さい頃からの付き合いがあるとはいえ、特に京に来てからの土方さんの雷は本当に怖い訳で。
 私でも体が竦んだりとかする訳で。
 とりあえず正座をして説教に備えようとした矢先、体勢を立て直す前に背後から圧し掛かられてぎょっとする。
「う、うわっ!? えっ、ちょっ、土方さん!?」
「うるせえ、黙ってろ」
「いやいやいやいや黙りませんってか酒臭っ! あんたお酒飲みましたね!? 弱いくせに!」
「飲まなきゃやってらんなかったんだろうが!」
「ギャッ!」
 懐に手を突っ込まれて悲鳴が漏れた。色気とかそういうことは今更気にしても仕方がないのでまあ置いとくとして、一体何のつもりなのか。
 圧し掛かられてるっていうか、ほぼ畳に押さえつけられてるような状態でまともに抵抗もできないし、土方さんはてきぱき帯解くし。早業過ぎてビビる。
 呆気に取られている間に襟首をぐっと引っ張られて、首筋から肩にかけてが空気にさらされた。寒い! と非難するよりも早く、そこに噛みつかれる。
「…っ、ぅ…! マジ噛みだし…! い、痛い、ですってばぁ…っ」
「我慢しろ」
「我慢しても痛いものは痛いです! っていうか何で怒ってるんですか、その辺説明して下さいよ!」
 怒ってるのか発情してるのかどっちなんだよ。どっちかにしてくれよ。いやどっちかでも困るけど両方来られると本当に困る。
「ムカつくんだよ、てめえ、他の野郎にちやほやされて調子に乗りやがって」
 なんという…、濡れ衣…! むしろ私奉仕活動の危機だったんですけれども…!
「そんな格好してるから悪い。俺が脱がせてやるから大人しくしてろ」
「理論が破綻していることに気付いて土方さん! っていうかちやほや、とか、されてな…っ、ん…!」
「されてただろうが。ベタベタ触られやがって。おまけに人前でひょいひょい足晒してんじゃねえよ」
「そ、れは、仕方な…ぁ…! うっそ縛る!? そこまでするか!!?」
「黙ってろ」
 襦袢を止めるための腰帯を解かれて、腕を背中側で縛られてしまった。この手際の早さはあれか、浪士捕縛で鍛えられたものか。こんなところで発揮してどうすんだよその技術をさあ!
 身を捩ったところで解けるはずもなく、そもそも背中の上に土方さんがいるんだから、大した身動きもできず。
 いわゆるこれは、俎板の鯉の状態ってことだろうか。
 ああ駄目だ、疲れてきた。土方さん重たいし、振り袖は動きづらいし、縛られてるし、意味分かんないし。
 折角近藤さんに振り袖貰って、面倒くさい思いしながらも着たのに土方さんには褒めてもらってないし、美味しいお酒だって結局飲めてないし、酔っ払いに絡まれてるし。
 碌な事がない。新年早々こんなのってアリか。
「っ、あぅ…! だ、だから土方さん、痛いですから…! 力入りすぎてますって…!」
…」
「ふぁ、あ…っ」
 人の話聞ーてねーしー!
 でも、くそ、気持ちいい。痛いけど。
 痛いんだか気持ちいんだか、その両方が頭の中でぐちゃぐちゃになって、どうすればいいか分からなくなってくる。
 畳にしがみついて、お酒も飲んでないのに頭の中を満ちていく酩酊感を堪えるように、ついでに苛立ちを伝えるように、すぐ傍にある彼の手首に噛みついた。
「…っ、て…」
「し、返し…!」
「いい度胸だな、お前」
「あ…ッ、あ…!」
 結局何が何だかよく分からないまま、流されてしまっている私も私だ。
 せめて何にそんなに怒ってるのかくらいは知りたいけど、顔も見えないんじゃ話もできない。
「ひ、じかた、さん…!」
 このまま快感で何もかも誤魔化されるのは納得がいかなくて、必死で呼びかけた。
 そうしたらずっと乱暴に肌を撫でていた手がようやく止まって、後ろからぎゅっときつく抱きしめられる。
 ようやく少しは落ち着いてくれたんだろうか、と肩の力を抜いたら、耳のすぐ傍で土方さんが囁いた。
「…もう、見せんな」
「ふぇ…?」
 耳に熱い息が掛かる。吐息に混ざる酒の匂いに酔いそうだ。まあ、本当にそんな器用な事はできないから、感覚の話なんだろうけど。
「ああいう格好を、他の奴らの前ですんじゃねえよ」
「い、や…、土方さんのとこ、一番最初に見せに行こうと、したんですよ…? でも、忙しそう、で…」
 障子の外から呼びかけたけど、『後で行く』という返事だったから、仕方なく先に他の幹部に見せたのだ。
 そりゃ私だって、動きづらいのを我慢して振り袖なんて着たんだから、土方さんに見て欲しいと思っている部分もあるわけで。くそ、言わせんな恥ずかしい。
「…俺のせいかよ」
「ま、あ、主には」
「わかった。じゃあ俺のせいでいい。でも気に食わねえから、二度と着るな」
「こん、どうさんの…、頼み、でも…?」
「………駄目だ」
 たっぷり三呼吸分くらい迷ってたけど、結局駄目らしい。
 思いの外独占欲が強いんだな、この人は。新たな一面を発見したよ。
「俺の前では着ていい」
「いや、いいで、す、正直、動きづら…」
「むしろ着ろ」
「ひ、ぁんっ!」
 止まっていた手が唐突に動いて、口から悲鳴のような声が飛び出してしまった。
 こ、こいつううう! どさくさにまぎれて言質取ろうとしてやがる! 何て野郎だ!
 気持ちよさでいい感じに頭の中がぐちゃぐちゃになってる時に、駄目押しに耳元で囁かれる。

「振り袖、似合ってた。だから俺はまた見てえが、他の奴らには見せたくねえ。……、着るだろ?」

 酔っぱらってるせいか、掠れた声は大層甘い。それだけでお腹いっぱいになれそうだ。
 別に頷いたところで特に問題があるわけじゃないんだけど。
 要するに今後女の格好をする時は、彼の前だけでってことにしろって話なんだろうし。
 そんなの、今までとほぼ変わらない。私がはっきりと自分が女であることを意識するのは、土方さんの前でだけなのだから。
 それでもなんか、屈してなるものか! という無意味な闘争心で首を横に振ってしまう。
 だってあれ、結局百人一首も勝負付けられなかったし。誰かさんのせいで。
 土方さんは、小さく『ふうん?』と不穏な声色で呟くと、耳殻に噛みついてきた。舌先が耳孔にねじ込まれて、水音が頭の中で響く。
「や…っ」
「じゃあ、頷くまで止めねえ」
 水音と一緒に、低い笑い声を流し込まれた。
 どんだけ私に振り袖着させたいんだよお前は!!
 というツッコミもあっという間に快楽に流されてしまい、結局途中で根負けして頷いた気がするのに、土方さんはそこで止めたりはしなかった。
 曰く、『頷くまで止めないとは言ったが頷いたら止めるとは言ってない』だそうだ。
 それって屁理屈っていうんじゃないかなあ!



 不満はある。当然だ。
 でも、お酒飲んだってことは今日はもう仕事できないだろうし、っていうか今の状況から仕事とか考えてないだろう。
 大晦日は忙しくて一緒には過ごせなかった。
 元旦は、元旦くらいは一緒にいられると思ってもいいんだろうか。
 明日の朝、二日酔いで痛む頭を抱えつつ猛反省しているであろう彼が簡単に想像がつくものの、明日の事は明日考えればいい。
 とりあえず目下大切なのは、縛られた手を如何に解いてもらうかということだ。





「見た? 今の土方さん。あんなに怒るくらいならこの部屋に来た時にとっとと連れて行っちゃえばよかったのにねえ」
「総司、お前わざと土方さん怒らせるのやめろよな…」
 百人一首の間中ひやひやしていた藤堂が、肩を落としながら沖田に苦言を呈した。
「お前が『独占』とか言いだすから雲行きが怪しくなったんだぞ」
「左之さんも話に乗ってたくせに、僕だけのせいにするなんてずるいな」
「こうでもしねえと、元旦だっつーのに時間取らねえだろうが、あの人は」
 杯を傾けながら肩を竦めて見せる原田に、斎藤が目を瞬かせた。
「するとお前達は、最初から副長を怒らせるつもりだったのか?」
「怒らせようとしてたのは総司だけだろ。俺らはなんというかまあ、嫉妬させようとしてたというか。あのまんまじゃ折角振り袖着たっつうのに、も可哀そうだしよ」
「そ、そうだったのか…」
 どうやら気付いてなかったらしい斎藤に、原田は苦笑する。
「ま、今日の可愛かったし、見惚れちまって気付かなかったってのもわかるけどよ」
「別にそういう訳では…!」
 早すぎる否定は肯定に等しいと言う事を、どうやら斎藤は知らないらしい。
 その様子を横目で見て杯の中身を干しながら、沖田がつまらなそうに溜息を吐いた。
「あーあ、でも惜しかったなあ。勝って振り袖の独占、してみたかったんだけど」
「やめろ、屯所に血の雨が降る」 
 本心の見えない言葉を原田が真顔で咎める。
 だが、『惜しかった』と思う気持ちを全員共通して持っている事は、言葉にせずとも明白なのであった。




  三剣蛍さんへ。相互ありがとうございます&あけましておめでとうございます!
  モテモテな主人公にやきもちを妬く土方さん…ということでしたが、大変な難産でやたらと時間がかかってしまってすみません。
  かっこいい土方さんとは何かというのを真剣に哲学してみたのですが、すみません(二度目)。
  なんとか頂いた斎藤さん夢に釣り合うようなものを書きたかったのですが…! 力不足でした…!

  相互本当にありがとうございます、そしてあけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。

  Oil / 酉加羅揚子




  『Oil』酉加羅揚子さまから戴きました。
  土方さんが嫉妬しちゃって、限界スレスレな感じで
  お願いしますと無理言って!頂きました!!
  うわぁあい!ありがとうございます!そして無理を
  言ってすいませんっ!!(土下座)
  酔っ払って手ぇ出しちゃう土方さんが最高でした!
  これ家宝にさせてください!!
  ありがとうございました!